「夫に名字を変えさせてしまった」妻が背負う葛藤 95.3%の夫婦が「夫の名字」を選択する現代

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夫には、兄弟がいない。だから私と同様に、自分の名字を選ばなければ、そこで名字が途絶えることになる。突如、名字を巡って、さまざまな思いが駆け巡るようになった。祖母の気持ちを尊重してあげたい思いもあるが、何より大切なのは、当事者である夫の気持ちだ。

揺れる夫の姿と決断

夫は夫で、先の記事の通り、自分の名字に対して複雑な感情を抱いており、祖母の話がなくとも「名字を変えていい」というスタンスだった。だが夫の父の「名字を変えるのは少し寂しい」という言葉を聞いて以来、揺れる夫の姿があった。名字とは、これほどまでに重いものなのかと実感した。夫が父の思いを聞いて揺れるように、私もまた、祖母や父の言葉を聞いて揺れていた。

いったい、どうやって決めればよいのか。だいたい、なぜ自分たちがこんな葛藤にさいなまれないといけないのか。悩み抜くうちに、行き場のない怒りさえ生まれていた。答えの出しようがない重すぎる荷物を、突然背負わされたのだから。

結局、婚姻届けを出す当日になっても答えが出ず、役所でも悩んでいたのは先の記事の通り。話の流れ的に、名字をどちらにするかという最終決定権を、夫に託したい思いが私にはあった。夫に対し「私の名字にしてほしい」なんて、口が裂けても言いたくない。

それに義父の気持ちを思えば「世間一般がそうであるように、私が夫の名字にすれば丸く収まる」、祖母には「そもそも孫が女の子だけだった時点で、おじいちゃんの名字が続くことを諦めてもらうしかないじゃないか」とも思った。最終的に、「私の名字にする」と決めた夫が義父に電話し、夫の目から涙がこぼれたとき、複雑すぎる思いがこみ上げた。

婚姻届を出したとき、窓口の担当者から「結婚後に名乗る氏は、妻でよいですか?」とダブルチェックされた。おそらく、夫の氏に印をつけていたら、特に確認なしに受理されていたのだろうと思う。「はい」と答えると、担当者が蛍光ペンで氏の箇所にチェックしているのが見えた。マイノリティーな選択であることを、改めて突きつけられたような気がした。

婚姻届を出して、晴れて夫婦になったことは心から嬉しかったが、「夫に名字を変えさせてしまった」という思いが、落ちないシミのようにこびり付いた。夫自身が納得して決めた決断ではあったが、心のどこかで、夫に対してどこか申し訳ない気持ちがとめどなくあれた。そしてまた別の重い荷物を背負ったような気がした。

(筆者:松岡かすみ)

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