大城立裕氏の小説「辺野古遠望」(2018年新潮社刊『あなた』に収録)を精読すると、沖縄と日本の関係悪化という結果をもたらしたのは辺野古新基地建設問題だ、という認識が間違っていることがよくわかる。沖縄と日本の歴史的関係、さらに日本による沖縄差別という構造が原因であり、辺野古問題はその結果なのだ。もっとも差別が構造化している場合、差別している側は自らが差別者だと認識していないのが通例だ。圧倒的な力の前で、差別されている側は我慢するという形でしか抵抗できない。
このような沖縄人の心情を大城氏はこう表現する。〈琉球処分という言葉が昨今、日常語になっている。この現状をまるで百三十九年前の強制接収と同じだと見ている。置県後は言葉や生活習慣にいたるまで、同化意識と劣等感との複雑な絡み合いをつづけた。いま、この状況に、しばらくは我慢して続けるしかない、というのが私の趣旨であった。抵抗と我慢とは、対立するようで、じつは一つのものであってよいと、私は暗に伝えたつもりである〉(『あなた』102ページ)。
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