「戦後第1世代」の戦争観を今こそ若い世代に伝えよう
──2005年が転機だった。
戦後60年になって、戦争体験者の高齢化がある種の危機感をもって意識されました。テレビ局は「ヒロシマ」(TBS)、「赤い背中」(NHK)をはじめ多くの秀作を生み、「平和アーカイブス」のプロジェクトもスタートした。佐藤卓己、桜井均らの今も参照される論考が出てきたのもこの頃です。
「今聞かないと明日はない」とばかり、メディアや研究者による“掘り起こし”がなされ、新たな証言者が語りに加わった。戦後70年には200本を超える戦争番組が放送されたのもその結果です。
──それほど大切な語り手なのに、早くから聞き手とのすれ違いがあったと指摘しています。
残念ながらその危機意識自体が、「既に知る者と未だ知らざる者」の二分法に根差していたと思います。それが戦争に関わる語りの一方向性を生み、体験者と戦後世代とのコミュニケーションを歪めてしまった。
1970年代、丸山真男や清水幾太郎は戦前世代知識人による戦争への悔恨を批判しますが、そのときの論調にも「インテリとサイレント・マジョリティ」の区別が見られる。歴史解釈は知識人に任せておけ、と。発話を期待されていない大衆は黙っているか、話したとしてもモノローグ。70年代は戦後生まれが成人になった頃。「戦争を経験した大人」と「戦争を知らない子供たち」という構図も生まれ、戦争に関する対話の場が成立しなかった。広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」の言葉の曖昧さも、私たちが「あの戦争」とは何だったのかを語り合わず、直視せずに生きてきたことの証しです。
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