適用範囲の分離は 真意に背かないか
評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎
アダム・スミスといえば、『国富論』の中で市場の価格調整メカニズムを「見えざる手」と呼び、利己心に基づく個人の利益追求が社会の繁栄をもたらすと説いたことで知られる。サブプライムバブル崩壊後、欧米では強欲を世界に解き放った犯人として批判を浴びることもある。
しかし、もう一つの著作『道徳感情論』では、富や地位を追求することのむなしさを語っていた、というと驚く人も多いだろう。スミスは、人間が過度の物欲にとらわれがちであること、自己欺瞞に陥りやすいこと、名声や権力に幻惑されやすいことを十分承知していた。本書は、道徳感情論の教えをわかりやすく解説したもので、善き人生とは何か、どうすれば善き人生を送ることが可能になるかを教えてくれるガイドブックだ。
道徳感情論の中心概念は「共感」で、人間には他者の感情を写し取り、それと同じ感情を自分の心の中に引き起こす能力が備わっているという。それを用いて、他人の感情や行為を是認、または否認し、これを繰り返すうちに胸中に「中立な観察者」を形成し、自らの行為や感情が適切かどうかを評価するようになる。中立な観察者の判断に従おうとする感覚が正義の感覚で、それが社会秩序の維持にもつながる。もう一つ、われわれに影響するのが「世間」の評価で、高い地位や富など目に見えやすい快適な結果に高評価を与えがちで、われわれ自身、世間から高評価を獲得しようと、富や地位を求め奔走する。
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