有料会員限定
なぜイランと絶縁したか 変調する世界2 焦るサウジアラビア
領域に迫るイラン、米国への信頼も喪失 財政難の追い打ちにも苦しむ。

中東の2大盟主が衝突。サウジアラビアのサルマン国王(左)と、イランのハメネイ師(AFP=時事、AA/時事通信フォト)
シリア、イラク、そして「イスラム国」(IS)と、混迷を深める一方の中東情勢。背後には、サウジアラビア対イラン、「スンニ派」と「シーア派」の盟主を自負する、両国の覇権争いの構図がある。南部ではイエメンで代理戦争が燃え上がる。
中東を二分する両国。イランが視野に入れる勢力圏は、イランとイラクを中心に、「シーア派ベルト地帯」が地中海からアラビア半島、北インドまで広がる(図1)。1979年のイラン・イスラム革命後、イランはシーア派ベルト地帯に革命の輸出を開始。レバノンでは、シーア派武装政党ヒズボラの育成に成功し、拠点を築いた。
[図1]

一方、サウジアラビアの裏庭であるバーレーンなどGCC(湾岸協力会議)諸国は、首長(王家)はスンニ派ながら、住民はシーア派も多い。このすき間を突き、イランがシーア派を支援し、王政打倒運動を続けているという危機感が、サウジアラビアにある。その動きはシーア派が多いサウジアラビア東部州(ハサー地方)まで及ぶ。主要な油田は東部州に集中するが、サウジアラビアが征服して100年足らずで、歴史が浅い。
トピックボードAD
有料会員限定記事
無料会員登録はこちら
ログインはこちら