米FDA承認、がん新薬「キイトルーダ」の実力 がんの種類ではなく、遺伝子異変に着目

拡大
縮小

この薬のアイデアは、別の薬のうまくいかなかった臨床試験をきっかけに生まれた。ニボルマブ(商品名オブシーボ)というよく似た薬が33人の大腸がんの患者に投与されたのだが、何らかの反応を示したのはこのうち1人だけだった。そしてこの患者ではがんが見事に消えてしまったのだ。

この患者だけ何が違ったのか。今回の論文の主著者で、ジョンズ・ホプキンズ大学の遺伝学者だったディアスが見つけた答えは、DNAのダメージ修復を妨げる遺伝子変異だった。

がん細胞の隠れみのを暴け

それゆえこの患者のがん細胞には、非常に多くの変異した遺伝子が含まれていた。おかげで異物であることを示すタンパク質が細胞表面に大量に生成されていた。つまり、がんのかくれんぼメカニズムは機能せず、患者の免疫系は容易にがん細胞を標的にできたわけだ。

これがディアスの新薬開発のアイデアのもととなった。がん細胞に同種の遺伝子変異がある患者を探しPD-1ブロッカーを投与したところ、すばらしい成果が上がったのだ。

薬の効果は非常に長く続き、研究チームもいつまで効果が続くか(言い換えれば延命効果がどれほどか)わからないという。「とんでもない」結果だとバセルガは言う。

臨床試験に参加した患者の1人、ニューヨーク州ラーチモントに住むエイドリアン・スキナー(60)は、胆管の端に「膨大部がん」という珍しくて致死性の高いがんを患っていた。標準治療と呼べるものもなければ、予後もよくないとされるタイプのがんだ。

担当医はすい臓や小腸の一部、それに胆のうを除去する大掛かりな手術を計画。だが、がんが肝臓に転移したことがわかって手術は取りやめとなった。その代わりにスキナーは、半年ごとに違う種類の化学療法を合わせて2種類試した。だが、どちらも効果はなかった。

その後、スキナーはディアスがジョンズ・ホプキンズ大学で行っていた臨床試験に参加できることになった。2014年4月15日、スキナーは初めて新薬の投与を受けた。7月、内視鏡を使って生検を行った医師は、スキナーに向かってこう言った。「がん患者だと言われなければわからなかっただろう」。そう、がんは消えていたのだ。

臨床試験では患者に2年にわたって薬を投与した。スキナーも投与を受け続けたが、これは保険のようなものだった。昨年、スキナーは薬をやめたが再発はしていない。「実際のところ、私はものの数カ月で治った」と彼女は言う。「本当にすばらしい生活を送っている」。

だがこの臨床試験は、大成功を収めた一方で深い謎を残した。なぜ効果が出ない患者がいるのかという謎だ。答えを探し、専門家らは熱心に研究を続けている。「複数の研究機関が血まなこになって探している」とバルセガは言う。

(執筆:Gina Kolata記者、翻訳:村井裕美)

(c) 2017 New York Times News Service

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT