覚悟の“見切り発車” MRJついに事業化
35年間、歴史のページは真っ白のまま。YS11が生産中止になって以来、この国では国産旅客機は1機も作られていない。
「日本はもっとできるはず。ブラジル(エンブラエル社)に先を越されて口惜しい。日本人の手で旅客機を作りたい」。航空機の降着装置=「脚」の国内唯一のメーカー、住友精密工業の田岡良夫支配人の思いは、わが国の産業人共通の思いだった。
誰よりも口惜しさを押し殺してきた業界リーダー三菱重工業がついに決断した。3月28日、MRJ(三菱リージョナルジェット)の開発着手の記者会見に臨んだ2人の首脳は対照的だった。にこやかな佃和夫社長(当時)には、重い決断を下した後の解放感がある。事業責任を担うMRJ統括の戸田信雄取締役は表情を引き締めていた。「われわれはニューカマー。新しい価値を提供しなければ勝ち残れない」。
コストのハードルと「人任せ」のリスク
開発リスクが巨大な航空機ビジネスは、一歩間違えば命にかかわる。名門ダグラス、マクドネルも今はボーイングに吸収され、中・大型の旅客機分野はボーイングとエアバスの2大巨人による寡占になっている。
三菱重工のMRJが参入する70~90人乗りの小型旅客機市場も、ブラジルのエンブラエル社、カナダのボンバルディア社が寡占を形成。そこに中国、ロシアが参戦を表明し、MRJを待ち受けるのは、中・大型機市場以上の過酷な競合だ。
全日空の「確定発注15機+仮発注10機」を受け、三菱重工はMRJの事業化を決断した。従来、佃社長は「確信できる顧客から確信を持てる機数を受注できるかが、判断基準」としていた。全日空が「確信できる」顧客としても、1000機の販売を展望するMRJには、25機は「確信の持てる」機数ではあるまい。
だが、中国、ロシアが参入し、早晩、この市場も寡占化する宿命であれば、今、決断しなければ、日本が旅客機を作る機会は永遠に失われてしまう--。三菱重工の決断は、覚悟の“見切り発車”とも見える。
MRJが越えねばならないハードルは高い。まず、コストである。
挑戦者としてMRJはいくつもの「新しい価値」を提供する。低騒音や快適な客室空間。小型旅客機として初めて炭素繊維複合材を本格的に使用し、燃費効率を3割向上させる。だが、顧客の機体購入の判断は、燃費効率と機体価格の掛け算だ。エンブラエル、ボンバルディアの1機30億円に対して、MRJの想定価格は30億~40億円。何としても、このゾーンにコストを落とし込まねば、「新しい価値」も帳消しとなる。
敵のコスト力は強烈だ。MRJの脚を開発する住友精密は、ボンバルディアの脚も手掛けている。「コンビを組んだ米グットリッチと価格交渉すると、(コストが下らないなら)カイゼン、見える化を教えましょうか、と。冗談にせよ、と言いたいところだが……」(田岡支配人)。
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