富山県朝日町、コロナ休校中にデジタル教科書を試験運用

過疎が進む小さな町、富山県朝日町では、教育のICT化がいち早く進められてきた。2013年ごろから数年かけ、町内の小中学校用に140台のiPadを配備。以来、ICTを活用した授業にじっくりと時間をかけて取り組んできた。

「朝日町は人口約1万1000人、小学校が2校、中学校が1校の小さな町です。この町の規模を利点として『できることからはじめよう』を合言葉に、ICT教育を推進してきました」

富山県朝日町教育センター 指導主事
上田 勝(うえだ・まさる)

そう話すのは現在、町全体のコーディネーターとしてICT教育の推進を担当する朝日町教育センターの上田勝氏だ。町としては10年以上前から、情報やコンピューターを得意とする教員で組織された「情報教育調査委員会」を設け、ICT教育推進のために動いてきたという。

コロナ禍においては、朝日町の教育長である木村博明氏のリーダーシップのもと、ICT環境の整備を急ピッチで進めた。朝日町出身で県立高校の校長を務めた経験を持つ木村氏は、過疎地域におけるICT教育の可能性に早くから着目し、環境整備の旗振り役を担ってきた人物だ。休校期間中の昨年4月の時点では、学校内のインターネット環境はまだ不十分だったが、行政と連携して校内無線LANの整備に着手。「子どもの学びを止めてはいけない」と前倒しで環境を整えて、オンライン授業を実施した。

さらに朝日町では、休校中にデジタル教科書を使った家庭学習も行っている。

さみさと小学校(上)と、あさひ野小学校(下)

20年度から、同町のさみさと、あさひ野の2つの小学校では学習者用デジタル教科書(以下、デジタル教科書)を導入しているのだ。2つの小学校は、文部科学省(以下、文科省)によるデジタル教科書の実証研究校にも指定されている。

デジタル教科書には、端末にインストールしてオフラインで使用するものと、サーバーにアクセスしてオンラインで使用する2つの使用方法がある。そこでまずは、それぞれの運用に合わせて英語のデジタル教科書を小学校に配備されているiPadに、国語と算数は校内のサーバーにインストール。コロナ休校中は、端末にインストールされている「英語」限定で、デジタル教科書を6年生の家庭学習で試験運用したという。

「1週間の“お試し”でしたが、子どもたちからは『楽しく学習できた』という声が多く出ていた。保護者からも『子どもたちが意欲的に取り組んでいた』と。音声機能によって、聞き取る力が向上したという効果もあります」(上田氏)

休校明けの6月からは、5・6年生の国語、算数、英語の3教科と、特別支援学級の授業の中でデジタル教科書の使用を開始した。

「意欲的に学習に取り組めるようになった」の声

朝日町では20年9月末、町内の小中学校の全児童・生徒計611人に、1人1台のタブレット端末の配備を完了した。以降、さみさと、あさひ野の2つの小学校においても、「1人1台端末」によるデジタル教科書の活用が本格化している。

さみさと、あさひ野の2つの小学校は、文科省のデジタル教科書の実証研究校にも指定されている

現在、デジタル教科書の使用については、教科ごとに「授業時間数の2分の1未満」に抑えなくてはならないという制限がある(21年度には撤廃される見通し)。朝日町でも、この範囲内で紙の教科書と併用しながら、国語、算数で3~5単元、英語ではすべての単元でデジタル教科書を使っているという。デジタル教科書を活用するメリットについて、上田氏は次のように語る。

「紙の教科書では、一度書き込むと跡が残ってしまう。デジタル教科書では、何度も書き直せるため、考えを練り上げることに効果がある。国語では大事なところに線を引いたり、自分の考えをまとめる場面で、算数ではグラフを描いたり図形を動かせる点に、デジタルのよさがある。試行錯誤することで、考えを広げていける効果も期待できます」

算数ではグラフを描いたり図形を動かせるところに、デジタルのよさがある

ほかにも資料のリンクや動画など、興味を持ったことを深く調べられる機能など、工夫が施されているデジタル教科書が多いという。では実際、デジタル教科書を授業で使用している児童や教員の声はどうなのか。

児童への事後アンケートでは「楽しい」「意欲的に取り組めるようになった」「(英語で)ネイティブスピーカーによる音声を繰り返し聞けるので、正しい発音を学ぶことができる」といった肯定的な感想が多かったという。「目が疲れた」「使い方がわからないことがあった」など一部ネガティブな声もあったものの、「困ったことはない」と回答した児童が8割を占めた。

一方、教員側が感じているメリットとしては、「意欲的に学習に取り組むきっかけになる」「多様な方法で情報を集めることができる」「協働して問題解決ができる」などが挙がっている。困ったこととしては、ネット回線の不具合といった機器トラブルに関する回答が目立ったほか、「児童から質問されたら答える自信がない」と、教員自身のICTスキルへの不安の声も出たという。

「特別支援学級における活用では、デジタル教科書が学習効果を高めることにつながると期待されている。紙の教科書では一点を集中して見ることが難しかったり、教室で教員の声の聞こえ方に『困り感』のある子もいる。そうしたお子さんにとっては、拡大や音声機能があるデジタル教科書は、安心して学べるツールになる。“なぞり書き”の機能によって、漢字が嫌いな子が意欲的に取り組んだという事例もあります」(上田氏)

過疎の町におけるICT教育の可能性

教員は、情報教育調査委員会の研修を通じて、指導案を各学校で共有している

だが、「デジタル教科書をスムーズに導入するための準備は大変だった」と上田氏は振り返る。

「1人1台端末」を導入する際は、先進的な取り組みをしている地域の事例を参考に、主に情報モラルやタブレットの使用方法において、町独自のルールを定めた。だがデジタル教科書は、公立の学校では先行事例が少なく、何をモデルに準備を進めていけばいいのかという不安が大きかったそうだ。

ただ、誤った使い方をしたらどうしようなど、先回りしてルールを決めてしまうと効果が半減してしまうと考え、子どもたちの自由な発想で活用してもらうことを大事にしたという。その結果「20分使ったら2分休ませる」といった時間・場所・取り扱い・個人情報の使用など最低限の町内ルールを作成し、子どもにもわかりやすくまとめて文書で示した。

教員に対しては、授業を公開して自由に参観できる機会を設けるほか、情報教育調査委員会の研修を通じて、指導案を各学校で共有している。実際の授業では、スタディメイトと呼ばれる学習支援員や、町全体で3名配置しているICT支援員が授業のサポートやトラブルに対応する体制をとっている。

何より「子どもたちが、学びを広げられるというところに、デジタル教科書の大きな可能性を感じる」と上田氏は言う。今後は「デジタル教科書を使うことが目的になってしまっては、本末転倒。大切なことは、デジタル教科書を活用して何を実現するかを共通理解することにある。今後、どの場面でどのように活用することが有効か、検証していきたい」と話す。デジタル教科書の使用制限が撤廃されるからといって完全移行には慎重であり、時間をかけて検証を重ねる考えだ。得られる効果が「見える化」できてこそ、現場に浸透していくということだろう。

上田氏は、過疎が進む町で、教育のICT化を推進する利点について次のように話す。

「ICTは、これからの時代を生き抜くために必要な資質や能力を早い段階から身に付けるのに役立ちます。過疎の町にいながら、世界中とつながれるのだと小中学校のうちから体感できるのも大きい。朝日町では、22年度から保育園、小学校、中学校までを切れ目なく指導する『保小中一貫教育』を導入する予定です。その接続をスムーズにするのにもICTが生きると考えています。将来、町を支える人材を育成したい。その中で、距離を一気に縮めることができるICT教育には可能性を感じています。

もう1つ、緊急時の活用にもメリットがあります。コロナや自然災害で臨時休校になった場合、オンライン授業に切り替えることができれば、子どもたちの学びを止めることなく、学習を進めることができます」

今年の2月18日、富山県では大雪となり、町内の小中学校は臨時休校になった。だが事前に大雪が予想されていたため、児童・生徒たちにタブレットを持ち帰らせ、オンライン授業を実施することができた。「子どもたちの学びを止めない」――コロナ禍で町が推進してきたことが、実践につながった。

デジタル教科書については、今年度も町内の2小学校では昨年度と同様、5・6年生で運用する。さらには活用範囲を中学校に広げ、全5教科での導入を行う。

(写真はすべて富山県朝日町提供)

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