電子黒板を使うと「児童の顔がぐっと上がる」

晴れた8月上旬のある日、閑静な住宅街にある坪井小学校に向かった。夏休み期間で静まり返る校舎に入らせてもらうと、各教室の前方に備わった電子黒板がまず目に入り、その存在感に驚かされる。「本校では、全教室に電子黒板が取り付けられています。授業でこれを使うと、児童の集中力がぐっと上がるんです」と教えてくれたのは、萩原直之先生だ。

萩原 直之先生
(撮影:大倉英揮)

坪井小では電子黒板に加え、全80台のiPadを使っている。そのうち40台は児童用、もう40台は教師用。タブレット端末ならではの直感的な操作性を生かして、低学年を中心に活用しているという。 「授業中はどうしても、机に向かって教科書やノートを見る時間が長くなります。でも電子黒板の画面を操作すれば、児童の目線が一気に上がるんです。とくに英語では画面を触るたびにネイティブの発音を聞けて便利ですし、何より児童が楽しんで勉強するようになりました。また動画教材も児童の興味を引きやすく、授業への集中力が高まります」(萩原先生)

 

「意見を言える子」「認め合える子」の育て方

この坪井小、船橋市内でも「平均学力の高い公立小学校」。それゆえに失敗を恐れがちないわゆる優等生タイプの児童が多く、教員も、児童がどこにつまずいているのか、何を理解できないでいるのかをつかみにくかったと峯友明先生は振り返る。

峯友 明先生
(撮影:大倉英揮)

まさに、坪井小が教育目標とする「主体的な児童の育成」に沿うものだ。実際、児童に対して毎年行っている意識調査の結果を見ると、少しずつだが、確かに効果が表れてきているという。「この壁を乗り越えるツールとして、ICT教育がぴったりだと感じています。それは、電子黒板ならクラス全員の意見を平等に取り上げて、児童同士の話し合いにつなげることができるから。以前はクラスの中でも活発な子や、学力の高い子の意見ばかり目立ちがちでしたが、電子黒板なら全員の意見を同じ粒度で映し出すことができます。じっと人の意見を聞くのが苦手な子も、電子黒板を通してほかの子の意見を『目で見て受け取る』ことができるようになりました」(峯友先生)

端末の操作については、教師の指導だけではなく、児童同士で教え合いながら進めていく
(提供:坪井小学校)

「ICT教育を始めた2015年と比べると、『授業で話し合いをすることは大事だ』『意見を友達に伝えることができる』という回答の割合が高まりました。日々授業の様子を見ていても、単に教科書の内容を理解するだけではなく、そこから自分なりの考えを導き出して友達と意見交換するという“いい意味での活発さ”が生まれたと思います。意見を出し合い、話し合い、相手と認め合う。そうした人間教育の面にも、プラスの影響を与えていると考えています」と、萩原先生は胸を張る。

「1年生からプログラミング!」教師のやる気が児童に伝播

そんな坪井小のもう1つの特徴は、プログラミング教育の充実ぶり。5年生以降で必修とされているプログラミングだが、同校では1年生から段階的に実施するという本腰の入れようだ。
「プログラミングを本格的にやるのは、5年生の算数、そして6年生の理科の授業です。ただ、そのときになっていきなりプログラミングといわれても、児童は戸惑うでしょう。当校は電子黒板やiPadなどの機器がそろっているという環境面のメリットを生かして、2019年度から全学年で取り組むことにしました」(峯友先生)

6年生の理科で、効率のよい電気の使い方について考える学習の様子。児童は電気をセンサで自動点灯できるよう、タブレットを駆使してプログラミングした
(提供:坪井小学校)

そんな意欲的な児童たちに負けず劣らず、教員たちのモチベーションも相当高い。全部で60人弱の教職員を抱える大所帯の同校だが、教員同士がオンライン教材を共有したり、授業計画にICTを取り入れたりすることで柔軟に助け合い、ノウハウの蓄積を図っている。「授業運営について、教員から不安の声が上がることはありません。ICTやプログラミングのような新しいことにチャレンジしていこうという教員たちの意識の高さは、間違いなく子どもたちに伝播しています。坪井小の誇りですね」と、峯友先生も自信をのぞかせる。教育現場の第一線に立つ萩原先生は、プログラミング教育の成果というと、6年生の理科の授業を思い出すという。
「去年、テーマを『節電』に据え、どうすれば電気を効率よく使えるかプログラミングを使って考える授業をしました。いざ始まると、児童たちから僕が想定していなかったような斬新なアイデアがポンポンと出てきたんです。人感センサーと光検知センサーを組み合わせたらいいのではないか、など……。最後にはしっかり正解にたどり着いたグループもありました」(萩原先生)

(撮影:大倉英揮)

「自分の意見があること」が、ICT教育の大前提

ITリテラシーもデバイスを使いこなすスキルも、しっかり身に付けてきた同校の児童たち。しかし萩原先生は、「ITスキルを高めることが目的ではありません」と強調する。

「狙いはあくまでも、『主体的で対話的な児童を育てる』こと。そのためのツールとしてITスキルが必要だから、6年かけてじっくり学ばせているんです。そこを見失ってはいけないと思います。そして、対話的であるためには『自分の意見があること』が大前提。意見を考えるときは、まずiPadを裏返しにして机に置き、自分の手でノートに書くよう指導しています」(萩原先生)

「どの教科でも、紙の教材が合う部分と、ICT教育が合う部分がそれぞれあります。紙かデジタルかの二者択一ではなく、両方を目的に応じて使い分けるバランス感覚を身に付けてほしいという思いです」(峯友先生)

授業中に写真を撮って学習の記録にできるのも、ICT教育のメリットの1つ。低学年の児童も慣れた手つきだ
(提供:坪井小学校)

坪井小にとって、ICT教育6年目となる今年。コロナ禍により、例年どおりの学校運営ができなくなった。しかし同校では、始業式で電子黒板をフル活用したほか、第2波、第3波の到来に備えてオンライン授業の体制を整えている。

「とくに来年度への引き継ぎができない6年生を優先して、各家庭から授業を受けられるよう環境を整えました。家庭で授業を受ける子どもたちの様子を、教師がリアルタイムで見て、理解度を把握できるので便利です。しかし、すべての家庭にデバイスや十分なネット環境が整っているわけではありません。漢字の練習1つとっても、iPadなら書きやすいがPCのマウスでは書きにくいといった使い勝手の差が生じてしまう。また家庭環境もそれぞれ違いますから、全員が同様に勉強できるわけではないんです。そうした意味でも、現状は紙の教材を中心とし、オンライン教材はサブの位置づけにしています。利便性と平等性を兼ね備えたやり方を、これからも模索していきます」と萩原先生は力強く語る。

日々、教育現場の最前線に立つ2人。とくに児童の未来を語るとき、その口調に熱がこもる
(撮影:大倉英揮)

ICT教育が必須の時代。一歩先を行く坪井小のICT教育は、どこを目指すのか。最後に展望を語ってもらった。

「膨大な情報があふれかえる時代を生きていく子どもたちです。何か問題に直面したとき、必要な情報を手に入れ、それを適切に活用して課題を解決する力をつけていってほしいです。それが自主性であり、いわゆるコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力にもつながっていくと考えています」(峯友先生)

「これからどんどんAIが進歩して、社会全体の様相が変わっていくでしょう。子どもたちには、いつも自分の頭で考えて意見を持ち、より深めていけるように育ってほしい。クリエーティブな発想力と、それを形にする能力を身に付けて、新しい時代をタフに生き抜いていってほしいですね」(萩原先生)

(注記のない写真はi-stock)