生成AIとコスパ重視の時代、人間に問われる力とは
人の生活圏に出没するクマとの遭遇リスクと、人間の内面に関わるメンタルヘルス。一見すると異なるテーマだが、「データから未来を予測する」という共通の視点で研究しているのが、上智大学の深澤佑介准教授だ。NTTドコモで長年AIやデータ分析に携わってきた深澤氏は、研究の場へ軸足を移した今、あえてデータを集めにくい「リアルの課題」に目を向けている。
応用データサイエンス学位プログラム 准教授
深澤 佑介氏
2002年東京大学工学部卒業。2004年同大学院工学系研究科修士課程修了。2011年同研究科博士後期課程修了。NTTドコモ(2004~2023年)を経て2023年より現職。IEEE、ACM、情報処理学会、人工知能学会各会員。博士(工学)。研究分野は機械学習応用・情報推薦・時空間データ解析・ヘルスデータ解析
「現実の世界には客観的なデータを集めにくく、それゆえに人が漠然とした不安を抱えている領域が多くあります。野生動物の出没や、自覚しにくいメンタルヘルスの変化もそうです。そうした見えにくいものをデータから捉え、AIによってリスクを可視化して課題解決につなげたいと考えています」
一方、企業での実務経験を持つ深澤氏が重視するのは、予測精度の高さだけではない。AIが研究環境で優れた結果を出したからといって、実社会で「使えるAI」になるとは限らない。
「AIは単に予測精度の高さだけを追求すればよいわけではありません。数字のうえで最良のモデルが、ビジネスでも最良とは言えません。予測の目的は何か。現実の環境で動かせるか。コストに見合うか。そして、その結果によってどんな判断をするのか。そこまで見据えて初めて、データ分析は社会で使えるものになり、AIが価値を発揮します。そのために必要なのは、データや予測の妥当性を見抜き、その結果を現実の意思決定につなげる人間の力です」
多様な仲間と使える力を磨く。技術論を超えた横断的な学び
こうした実務的な視点を得られるカリキュラムが、応用データサイエンス学位プログラムの特徴の1つだ。AI・機械学習の講義を担当する深澤氏は、プログラムの魅力をこう強調する。
「データの収集・加工から機械学習による分析、それを経営やマーケティングの意思決定につなげるところまで横断して学べます。独学だと関心がある分野に偏りかねませんが、2年間の学びで幅広い領域に触れることで新たな気づきを得られます。知見の幅を自然に広げられる点は、われわれのプログラムの強みですね」
1年次の春学期は、所属する教員によるオムニバス形式の必修科目「応用データサイエンス特論」を受講し、データサイエンスの幅広い領域について学ぶ。学部から進学した学生に加え、20代の若手から管理職まで幅広い社会人が参加するなど、受講生のバックグラウンドが多様なのも大きな特徴だ。異なる経験が交わることで、技術だけの議論に閉じない。
「受講生同士の交流も活発で、社会人学生が持つ『それはビジネスで役に立つのか?』という実務的な視点に対して、学部から進学した学生が最新の技術や研究の観点から意見するなど、異なるバックグラウンドを持つ学生同士が互いに気づきを得られる環境です。
学生には社会課題やビジネス上の課題など、自分にとって意義があり興味を持って取り組めるもので、必要なデータを収集できるのであれば、幅広くテーマにしてよいと伝えています。データ分析やAIを学ぶことも、それを自分がやりたいことにどう使うのかを考えることも、どちらも大切にしてほしいのです」
学生が取り組むテーマの中には、本格的な研究へ発展する例もある。例えば、SNSからメンタルヘルスの状態を予測したり、クマの遭遇リスクや山岳遭難の事故リスクをデータから予測したりするなど、さまざまな研究に取り組み、その成果を論文にまとめている。
こうした成長を支えるのが、基礎から実践へ段階的に進む2年間の設計だ。1年次は、教員1人が約10人を担当する「学修アドバイザー制度」が設けられ、履修相談や学生同士の情報交換を支える。2年次の集大成となる「特定課題」では、学術的な厳密さを重視する演習と実社会での活用を重視する演習を通じ、1つのテーマを深めていく。
「1年次に学びのステップを理解できるので、2年次になると、そこに自分の興味や新たに学んだ知識を掛け合わせ、特定課題で大きく伸びる人も多いです」
幅広い知識を得て終わるのではなく自ら問いを立て、必要なデータを集め分析し、異なる経験を持つ人との議論を通じて磨く。応用データサイエンス学位プログラムでの2年間は、データサイエンスを「知っている」状態から、自分の仕事や社会の課題に「使える」状態へと変えるための学びの時間と言えるだろう。
「修了生の中には、勤務先で新たに立ち上がったAI部署のリーダーを任されている方もいます。大学院での学びを実際のビジネスの現場で生かし、活躍している姿を知ると、本当にうれしいですね」
まずは身近な疑問から。「AI任せ」を超えて現実の社会を動かす
生成AIの普及によってデータを扱うハードルは大きく下がった。これまで専門部署に頼んでいたようなデータの整理や分析も、AIに指示することで、より多くの人が簡単に取り組めるようになりつつある。深澤氏は、こうした変化を歓迎する一方で、AIを使えることと、そこから成果を生み出せることは別だと話す。
「AIが『この事業に投資すれば売り上げが伸びる』と示しても、『なぜそう言えるのか』を自分の言葉で説明できなければ、実際の決裁にはつながりません。われわれが育てたいのは、データを読み解き使いこなす力を身に付け、ビジネスや社会の中でデータを活用して、それぞれの立場で成果を出せる人材です」
そのために重要なのが、データだけで課題を理解したつもりにならないことだ。机上では1つの問題に見えても、現場に行けばコストや業務の進め方、関係者の事情など、複数の問題が絡み合っていることが少なくない。
「データを分析して『これで解決できそうだ』と思っても、実際に現場へ行くと、そんなに単純ではありません。現場の方と話して初めて、『そんな事情があったのか』とわかることも多いのです」
そこで深澤氏が重視するのが、データだけでは見えてこない現場の状況や課題への理解だ。自分自身がよく知る領域であれば、その経験や知識を生かして分析する。一方、なじみのない領域であれば「何が結果に影響していると思うか」「普段は何を見て判断しているか」と実務担当者の考えや判断基準を聞きながら理解を深め、必要に応じてモデルを改善していく。机上の精度向上だけでなく、実際の現場で何が起きているのかを理解することが、データを有効に活用するうえで重要なのだという。
こうした自身の実務経験を踏まえ、学生が特定課題のテーマを選ぶ際には、自分自身の興味や問題意識を大切にしてほしいと深澤氏は話す。
「特定課題を一つの研究としてまとめるには、ビジネスや社会の現場の状況や課題をしっかり理解したうえで、データを分析し、試行錯誤を重ねていく必要があり、時間がかかります。だからこそ、自分が興味を持って長く向き合えるテーマを選んでほしいです。テーマを考えるときには、身近な疑問や問題意識を大切にしてほしいですね。普段からニュースや身の回りの出来事を見て、『これはなぜなんだろう』と思ったら、データを通じて何ができるのか、少し考えてみてほしいと思います」
生成AIによって、答えを得る手段は劇的に増えた。だからこそ問われるのは、出た結果の妥当性を自ら見極め、周囲を説得して現実の意思決定や行動へ落とし込める力だ。AIというツールを使える段階を超え、社会やビジネスで確かな成果を出すことこそが、この時代にデータサイエンスを学ぶ本質的な価値と言えるのではないだろうか。
・出願書類提出期限:2027年1月8日(金)消印有効
・試験日:2027年2月20日(土)
・合格発表日:2027年3月1日(月)
11月から12月にかけて複数日にて開催予定。詳細は下記ページにてご確認ください。
