「80倍楽になった」iPadとの出合い、文字が書けない慶応生が語る「合理的配慮」 個別最適な学びを保障する学校や教員の姿とは
「塾の先生に教わることはわかるけど、学校の勉強はわからなかったので、別物だと考えていました。ほかの子がサッカーを好きなように、自分は宇宙のことが好きなのだと。当時は物理学が小学校の学びより高度であることを知りませんでしたし、塾は楽しかったけれど、学校の勉強がわからない自分はバカだと思っていたので、いつも自信がありませんでした」
担任の先生のおかげで「権利の構造」を理解できた
そんな有祐さんに転機が訪れたのは、小学校5年生の時。障害のある子どもを対象とした大学のプログラムでiPadと出合ったのだ。
「初めて使ったときに、その効果を実感しました。僕は文字が書けないことが障害だったんだ、だから勉強ができなかったんだと気づいたのです」
iPadを初めて使った有祐さんは母の元へ駆け寄り「80倍くらい楽になった!」と叫んだという。半年ほどiPadを使ううちに授業で使える程度のタイピング速度を身につけたが、有祐さんは学校で使うことは躊躇していた。
「5年生のクラス替えでやっといじめから解放されたのに、周りが使っていないものを使うことで、またいじめに遭うのではないかと思ったのです。でも、これを使わないと前に進めない。そう思って先生にお願いに行きました」
6年生になるタイミングで使用できることになったが、担任の教員は有祐さんにiPadの使用について同級生にプレゼンするよう促した。
「実際に伝えて見ると、みんな『いいんじゃない?』という感じで、仲のいい友達も『文句を言う奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやるよ』と言ってくれたんです。先生も『ほかにも文字を書くのが大変な子がいたら、同じように正式な手続きを踏んでiPadの使用を認める』とみんなの前で話してくれました」
そしてその教員の言葉が、その後の有祐さんに大きな影響を与えることになったという。
「先生のおかげで、『ノートとiPadという誰でも選べる2つの選択肢があって、自分はiPadという選択肢を選んだだけ』というマインドになれたんです。中学生以降も、何度も配慮申請を断られる場面がありましたが、そのたびに『自分には正当な権利があり、その選択肢を選ぼうとしているのだ』と思うことができた、成長してから合理的配慮の義務があることを知りましたが、先生の言葉によって、僕は小6で自分が持つ権利の構造を理解することができたのです」
困難を極めた「定期テストや入試」でのパソコン使用
小学校でiPadを選択して学習をするようになった有祐さんは、その使用実績を基に中学校でも使用できるよう、入学前に開かれた校内委員会で教員たちに自身の特性や必要な配慮について説明した。「集団行動にはついてこられるのか?」「タブレット端末で書く速度はどのくらい?」といった質問にも1つひとつ丁寧に答えた。
その結果、入学式では「聴覚に過敏なお子さんがヘッドホンをして入場します。ご了承ください」とアナウンスがあったり、学校生活が始まるタイミングで教員が「A組の菊田はiPadを使うけど、文句ある人はいないね?」と生徒たちに言ってくれたり、よいスタートが切れたという。
しかし、定期テストでは「ずるいからダメ」とパソコン使用の許可は出なかった。仕方なく手書きで臨んだが、問題を解き、答えを書こうとすると、「どんな字だっけ」と考え込んでしまい、書こうとした答えを忘れてしまう。その繰り返しに苛立ちと疲労が募った。