視覚障害の子の「さわる授業」、すべてに共通する「学びの本質」がここにある 筑波大学附属視覚特別支援学校の理科教育
同校の生物の授業では、骨をさわる授業に先駆け、中学1年の4月から9月までは、校庭の木の葉の観察を行っている。最初に1つの植物の葉をじっくりさわって形や手ざわりに注目し、生徒自身の感覚をフルに活用して観察。その内容を的確な表現で言い表せるよう、観察力や表現力を養う。
それを受け、10月から始まるのが、この骨をさわる授業だ。「動物A」の授業の後もさまざまな動物の骨を観察し、最終的には上野動物園に所蔵されている大きな動物の骨を観察するそうだ。
「視覚に障害があっても、ほかの感覚を駆使して丁寧に観察し、調べる力、調べた成果を言語化する力を中学1年生の時期に身につけることは、理科のみならず、社会生活のあらゆる場面で役立ちます。それにより、生きていくうえで必要な力が得られると思っています」
「ひょう」の観察と「干し柿用渋柿」の味見のサプライズ
今回、授業の最初と最後に「サプライズ」があった。最初のサプライズは、「ひょう」の観察だ。くしくも授業の前日、都心のこの地域ではめずらしい、ひょうが降ったそうだ。
「今日しか見られないものがあるから、骨を見る前に外に見に行こう」と、武井先生。校庭のすみっこの日陰に向かい、皆で地面に手を伸ばし、ひょうを手にとる。
「わあ、冷たい!」
「ひょうって、意外と大きいんだ」
「ひょうのつぶが集まって、ぶくぶくしてる」……。
目で見えなくても、手でひょうを見て、感じている。
授業の最後には、以前同校に勤務していた化学の先生が石川県から送ってくれたという干し柿用渋柿の果実の部分を切り分け、皆で味見をした。「においを嗅いでから、口にしてみましょう。どう?甘みはある?」と問いかける先生に、
「うわっ!何これ!」
「最初は甘いけど、途中からこなっぽい」
など口々に反応する生徒たち。「これは、渋みといいます。この柿をこれから干すことで、渋みをとることができます」と先生は答える。
武井氏は、授業の中で、「季節」も大切にしている。「ひょう」や「干し柿」のような、今、この時期にしか見られないものや触れ合えないものを生徒たちに体験させることで、自然の不思議や、物事の変化の面白さ、目の前のことに目を向けることの大切さを伝える。生徒たちに、学びの喜びだけでなく、生きる喜びも伝えているように見えた。
中学校理科教員が「さわる授業」見て感じたこと
(撮影:筑波大学附属視覚特別支援学校)
今回の授業は、都内の中学校に勤務する理科教員3名も共に見学した。理科教員は、それぞれの勤務校で、生徒が自ら問いをたて、自律的に実験観察に取り組み学びを深める「探究理科」の授業を実践している。府中市立府中第六中学校理科教諭の井久保大介氏は、こう話す。
「武井先生の授業では、まず『発見』や『驚き』など感覚的な体験を大切にしています。そして、その体験を言葉で表現し、一緒に探りながら誰もが納得できるような理解へとつなげていきます。このことは、目が見える見えないは関係なく、あらゆる事象を科学的に理解するために重要です。しかし視覚優位の世界に生きている私たちは、普段の授業では目に見えている事象にとらわれすぎて、感覚的な体験や言葉による表現を軽視してしまっていることが多いのではないかと気づかされました。科学的な思考においては、単に条件やデータにこだわることではなく、『誰もが納得できる言葉で表現するために言葉をどれだけ尽くしたか』ということも重要だと思いました」
芝国際中学校・高等学校理科教諭の青木孝史氏は、「計画を綿密に立てて作り込みすぎてしまうと、アドリブが入る余地がなくなって無味乾燥な授業になってしまうし、だからといって計画を立てないとだらだらした授業になってしまいます。その辺のさじ加減が難しいのですが、武井先生の授業は見事なバランスでした。生徒への問いの出し方や言葉のすくい方は、武井先生にしかでない生徒とのキャッチボールであり、問いづくりの“名人芸”を見させてもらった気がします。『生徒が少人数だからできること。30人の生徒を持つ自分にはできない』と思ってしまうのではなく、『30人の教室で、このようなキャッチボールを行うためにできることは何だろう』と考えるヒントをいただきました」と言う。


















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