学校プール縮小傾向の今こそ、水難事故予防のための「命を守る」水泳学習を 背浮き、ライフジャケット、着衣泳などの体験を
「背浮き」「ライフジャケット」学習指導要領や予算にも動き
日本では、泳力に優れた子どもでも、背浮きなどの正しいやり方を知らない場合が少なくない。また、衣服を着たまま泳ぐ「着衣泳」を教えるかどうかも、各校の方針によってまちまちだ。だが、実際に起こる溺死事故の9割は着衣状態でのものだ。日本と同様に海洋国である英国や、海抜ゼロメートル地帯が広がるオランダなどの子どもの水泳学習は、着衣泳をはじめとしたサバイバルスイミングがメインに行われていると田村氏は言う。
「どんなふうにしたら浮いていられるか、どうしたら沈むか。子どもたちに実際に体験してもらうことが重要です。ポイントはいろいろあるのですが――例えば、運動靴の底には衝撃吸収材が使われているため、靴を履いていたほうがしっかりと足が浮きます。はだしでもゴム底の上履きでも、足は沈んでしまうのです。また、水面で仰向けになったら顎を上げて、腕は体と水平に頭の上に伸ばす。助けを求めて水面から腕を出すと、これも体は沈みます。水が怖い子どもにありがちなのが、腰が「くの字」に曲がってしまうこと。こうなると重心が下半身に寄ってしまい、体が沈んでしまいます。頭のほうに重心を持っていくことを心がけ、肺に空気がたまるよう、あまり声を出さない――など、一度体感すれば子どもたちもすぐにわかります」
田村氏は、こうした細かなコツを自身でつかんでもらうための講習を、教員向けにも子ども向けにも行っている。水難学会と共に約25年にわたって活動を続けているが、「水難事故死者をゼロにする」というゴールの実現にはまだ遠いと感じている。警察庁の統計によると、2022年の水難事故での死者および行方不明者数は727人に上った。
「ここ10年ほどの死者数は700人程度で推移しており、過去に比べると減少傾向が続いています。しかしこれはレジャーの多様化によって水辺に行く人が減ったことなどが要因で、水泳学習が功を奏したものだとは言いがたいと思います」
溺水予防として背浮きの指導に努めてきたが、それだけでは不十分なのではないか。そう感じた田村氏は近年、ライフジャケットを使った水泳指導にも力を注いでいる。
「水に近づくときにはライフジャケットを着用するのが当たり前、という認識が広まってほしいのです。とくに子どものライフジャケットは、サイズが合わせにくかったりジャケットだけ浮き上がってしまったりして脱げやすいもの。正しい着用法も、学校でしっかりレクチャーしています」
これまでは、学校の授業で使うライフジャケットは、「借りられるものをかき集めて用意していた」という。だが「着用が当たり前」という意識を子どもたちに浸透させるためには、もっと身近で気軽に使えるライフジャケットの確保など、環境整備が必要不可欠になる。そのために尽力してきたのが、田村氏の知人でもある「ライジャケサンタ」こと、香川県の元小学校教員・森重裕二氏らだ。彼らの草の根の普及活動やクラウドファンディングなどの努力が実り、21年、スポーツ庁の概算要求に水泳学習での「ライフジャケットの活用」による溺水予防教育プログラム開発が盛り込まれた。香川県教育委員会などがモデルケースとして「ライフジャケットレンタルステーション」を開設し、地域の学校にライフジャケットを貸し出すなどの施策を行っている。