政教分離、先住民尊重を主張 17世紀の“変人”に学ぶ共存
──寛容には差別的な面がある。
近代では、あなたと私は違うけれど等しい存在と考えるべきとされています。例えば、ボルテールの、君の意見には反対だが、それを主張する権利は命を懸けて守る、みたいな。本当かよってね(笑)。日本は明治時代に西洋の啓蒙思想が入ってきたので、すんなり受容していますが、そこには啓蒙主義以前の中世の知恵が反映されていなくて、ある種のきれい事です。
キリスト教支配の中世において寛容とは悪に対する態度。「寛容にする」は初めから相手を見下していて、「寛容にされる」は侮辱に近い。本来悪は罰せられるべきだが、罰することで大きな弊害が生じるなら罰さない。それが寛容。自分たちとは異質なものを受け入れる手段で、優先されるのは原理よりも実利です。主たる対象は異教徒、高利貸し、売春婦でした。
──異端には厳しいですね。
キリスト教の外にいるユダヤ人、ムスリムは周縁で受容する。今後キリスト教に帰依する可能性もある。が、異端は内側にいたのに違う主張をするので排除の論理が働きます。生かしておけない。それでユグノー戦争のような宗教戦争になるわけですが、弾圧の弊害が大きすぎるようになるとやめる。これも便法、怜悧の計算です。
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