1994年、ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)」の初号機が発売された。それから25年目の今、「PS」はネットにつながり、ゲーム以外のさまざまなコンテンツも楽しめる基盤となった。この礎を構想したのが、久夛良木健氏だ。クラウドサービスが世に登場するはるか前の2000年にそれを予見するなど、つねにテクノロジーの先行きを見通してきた久夛良木氏は、未来をどのように見ているのか。
──久夛良木さんが「PS」を開発した25年前、周囲の反応はいかがでしたか?
そもそも従来のゲーム機は、主に小学校の男の子が遊ぶおもちゃだった。一方のPSが目指したのは、コンピュータとエンタメの融合。それは社内外問わず、なかなか理解されなかった。自分たちで専用のICチップを設計したいといっても、「無知な若者の誇大妄想」と受け止められた。
加えて当時のソニーでは、ブラウン管テレビやビデオテープなど、アナログ技術に秀でたエンジニアがたくさんいた。情報処理やその前段階のデジタル化に対しては、疑問視するというより、ほとんど関心がなかったんだ。
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