池波正太郎氏の『男の作法』を読み返していた。若き日に、氏が銀座のすし屋をくわえようじで後にしようとした際にとがめられたエピソードがある。「若いうちにそんな恰好しちゃいけない。くわえようじは、みっともないからおよしなさい」と年配の店主はチクリと客である氏に伝える。
作法は、法律や社会ルールと違い妥当か否かが明白ではない。場を共有し向き合う相手との健全な関係を維持するための配慮ある行動や発言であり、絶対的に正しいというものはない。池波氏は序章で、男がどのように生きていくかという問題は、その人が生きている時代そのものと切っても切れないかかわりを持っている、かつては「男の常識」とされていたことも時代が変わればそうともいえなくなるので、考えるきっかけの一つにしてほしい、としている。生活を営む社会の文化や、時代の価値観によって変わるのが「男の作法」だというのだ。
ふと、ちまたで尽きないセクハラ議論に思い及んだ。相手の意に反する性的言動である「セクハラ」については、男女雇用機会均等法で触れられているだけで、異性と良好な関係を保ちながら働くための具体的な指示が定められているわけではない。女性の社会進出が進み、日本でもグローバル基準に準じてコンプライアンスに取り組んでいる企業ではセクハラやパワハラは今や厳しく対処されている。それでも、世の女性のセクハラ体験エピソードは業界を問わず後を絶たず、放置することは雇用管理上の不備を問われる企業のリスクとなっている。企業にとっては、対応しないという選択肢はもはやないはずである。
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