17音で「世界の捉え方が変わる」俳句の教育効果 俳人・夏井いつき「言葉の技術」は義務教育の間に
──俳句を始めた子どもたちに、何か変化はあるのでしょうか。
学校で俳句の発表の場を設けると、子どもたちにとっていい動機づけになります。いい句を披露して決勝に残りたいとか、先生が学級通信で紹介する優秀な句に選ばれたいとか、そんな気持ちで日常的に「俳句のタネ」を探して、誰かの言葉にアンテナを立て始めるんですね。例えば、算数の授業中に割り算という言葉が出てくると「先生、4音だね」って。先生方からは、集中力が上がった、なぜかちゃんと宿題をやるようになった、といった変化の声が届きます。

学校教育の中心に1本、俳句という芯を通すといいですよね。俳句は各教科、行事など全部ひっくるめた学校教育活動と手を組むことができるから。
理科の観察をして一句、音楽や絵画の鑑賞をして一句詠めるし、家庭科の調理なんて季語の宝庫。それに運動会、遠足はそのものが季語。そういう目で周りを見たら、子どもたちは「俳句のタネの森の中に住んでいる」「俳句のタネの海を泳いでいる」と思うようになる。なんて豊かな場所に自分たちはいるんだろうと気づいた子どもの心は、どんどん豊かになっていくはずです。
──子どもたちが作った俳句に対して、先生や親は添削をすべきでしょうか。
いいえ、添削をしてはいけません。添削は、かなり高度な技術が必要なんです。私が知る限り、大人が手を入れようとすると、いちばんの魅力からそいでいきますね(笑)。しかも、子どももプライドがありますから、変えられてよくなったとしてもうれしくないはず。大人が磨くべきは、子どもが作ったたくさんの俳句の中から、いちばんいいものを選び取ってあげられる「鑑賞力」です。
17音で「心が上を向く」
──俳句を介して、いいコミュニケーションが生まれそうですね。
俳句は「座の文芸」といわれています。作るだけではなく、ほかの人と鑑賞し合うことが、俳句の醍醐味です。誰が作ったのかわからない句を味わう句会ライブでは、いろんな人と言葉を交わすことになります。「ここが好き」「ここはよくわからない」といった議論を楽しむようになっていきます。その面白さを知った子たちが、日常生活のコミュニケーションが必要な場面で応用していけるようになる。これもまた俳句の魅力ですね。
もう1つ俳句の“効果”として、ネガティブな感情を和らげる、というものがあると思っています。「人と話すことが怖くて閉じこもっていたけれど、俳句という短い言葉に自分の気持ちを代弁させることで、外の世界とつながることができた」という人に、これまでたくさんお会いしています。
ネガティブな感情を持っている人は、意識が自分の内側に向きがちで「何で私は……」と自分を責めていることが多い。でも、俳句を始めると、「俳句のタネ」を得ようとして、外の世界を観察するようになります。カエルでも何でもいいです。外を見る力がついてくると、自分自身を客観視する力もつき、「あれ、なんでこんな暗い顔をしているんだろう」とふっと気づき、心が救われます。
それに、詠んだ句を新聞や俳句サイトに投句して褒められたりすると、一片のかけらのような承認欲求が満たされ、自己肯定感が高まります。鍛えれば鍛えるほど筋肉がついてくるように、俳句も作れば作るほど上手になって「俳筋力(はいきんりょく)」がついてくる。
心の奥底に沈み込んでいた下向きの心が、たった17音で上に向いていく。そういうメカニズムが俳句にはあるのだと思います。