教育界のノーベル賞を受賞した正頭英和先生が描く教育の未来とは 世界の100校に選ばれた立命館小学校の教員から見た「日本がICT教育が遅れた理由」
先生の教える能力の高さによって、ICTの教育活用の必要性があまり高まらなかった歴史が、日本にはあるのかもしれません。実際に、ほかの国の先生に聞くと、「ICTがないと困る」という先生が多いのです。
ICT活用によって生まれる変化と、日本の教育の伸びしろとは

―― なるほど。日本の先生の能力は、世界的に見てもかなり高いのですね。それでは、現在の日本の教育に足りないと感じるものは何ですか。
感覚的で申し訳ないのですが、日本の先生方の教育の質が高いのは、文部科学省が定めている学習指導要領というカリキュラムが、他国と比較し、とても優れているからだと考えています。
一方で、優れたカリキュラムであるのですが、近年、そのカリキュラムがカバーする範囲が膨大になってきているため、カリキュラムをこなすのが精いっぱいになっている。寄り道や遊びを通して、「想像力」や「発想力」を育むための時間を捻出することが困難な状況だと感じています。
現在の日本人に足りないのは、まさに「想像力」や「発想力」。日本の社会はすでに成熟しきっていますから、われわれは解決したい「問題」に遭遇する機会が減っています。例えるなら、問題を解決してくれるドラえもんがあふれていて、「なんとかしてよー!」と問題を抱えるのび太君が少なくなっている社会です。
このような社会の中では、見つけにくくなっている「問題」を発見できる人に価値が出てくるので、いかにして「想像力」や「発想力」を育てていけるかということが、日本の教育における重要なテーマだと僕は考えています。
―― 「想像力」や「発想力」を育むために、必要なことは何ですか。
まず、時間を捻出する必要があります。ICTを活用して個別最適化の学び方へシフトさせることで、現在カバーしているカリキュラムの内容を減らすことなく、時間の余剰をつくることができます。例えば、今まで8時間かけて学んでいた内容が、ICTを活用すると6時間で学べるようになり、浮いた2時間を「想像力」や「発想力」を育むための時間に使えるというようなイメージです。
ICTを活用して短時間で学ぶと聞くと、より「詰め込み式」の教育になると想像する方もいるかもしれませんが、そうではありません。逆に、効率と質を高めながら子どもたちは今まで以上に楽しく学ぶことができるようになると考えています。
学習効率を最も高めるのは、その子の理解度に合わせて「ちょっとだけ難易度の高いもの」に取り組ませることです。この絶妙な難易度のあんばいによって、学びに向かうモチベーションを高めることができ、主体的に楽しく学びながら時間的効率を高めることができるのです。
これを実現するためには、個々の理解度の微差を見極め、1クラス30人の子どもたちに30通りの課題や宿題を設定する必要があります。しかし、ただでさえ忙しい教員の業務に、そのようなことをプラスすることは、人間業でできることではありません。だから、ICTを活用するのです。ICTは「個別最適化」には欠かせないツールです。