予備校にとって合格者実績は最大の「広告塔」
駿台予備校といえば「選抜試験は大学試験よりも難関」といわれたころもあるほどの名門予備校として知られ、その歴史も100年を超える。
大学入試に失敗した高校卒業者、いわゆる「浪人生」を対象にするのが「予備校」で、現役生を対象にするのは「学習塾」と区分けされていたときもあったが、現在は予備校でも現役生の割合が多くなり、その境目はなくなってきている。
駿台予備校でも、高校1年生から対象にしていることもあり、現役生が多くなっている。その駿台予備校が今年8月1日、「2026年度以降は、合格者数の掲載を終了することとしました」と発表して注目を集めた。

(資料:駿台予備校ホームページより)
学習塾の急成長と学校教育の変化をテーマにした拙著『学校が学習塾にのみこまれる日』(朝日新聞出版)の中で、ある大手学習塾の経営者は「学習塾のコアコンピタンス(核となる能力)は、何といっても『合格実績』です」と語っていた。
つまり、合格実績=合格者数は予備校・学習塾にとっては最大の「広告塔」だったはずなのだ。実際、どの予備校・学習塾も合格者数を公表して競うことで生徒を集め、急成長してきた。
それをやめるということは、広告塔を降ろしてしまうに等しい……はずである。大学受験への関心がなくなってきているのか、大学受験において予備校・学習塾の存在感が薄れたのか、もしくは駿台予備校が大学受験から撤退してしまうのか、さまざまな疑問が浮かんでくる。
「何がなんでも東大」ではなくなった…
そうした疑問に答えてくれたのは、駿台予備校を運営する「学校法人 駿河台学園」で専務理事を務める山畔清明氏である。合格者数の掲載・公表をやめることについて、彼は次のように説明する。

学校法人 駿河台学園 専務理事
(写真:前屋氏撮影)
「最難関大学や学部に強いという駿台予備校の特色を変えるつもりはありません。ただ現在は、志望校が多様化しています。そうした中で駿台予備校全体としての特定大学の合格者数を発表することが、どれだけ(広告としての)効果があるのか疑問を感じているからです」
最難関大学といえば、何といっても東京大学(東大)である。だから駿台予備校も含めて大手予備校・学習塾は、東大への合格者数実績を誇示してきた。それが、予備校・学習塾のステイタスにもつながっていたはずだ。しかし、状況は変わってきている。
東大が発表している2025年度合格者出身校の地域別割合によると、一般選抜に限ると東京が35.8%、東京を除く関東が25.9%と、関東だけで61.7%を占めている。志願者でも、61.6%が関東出身者である。
「何がなんでも東大、という時代もありましたが、今は変わってきています。例えば、北海道にも駿台予備校の校舎はありますが、東大志望者もいるにはいますが、かなり少なく、北海道大学志願者が圧倒的に多いのが現実です」と、山畔氏。
関東だけが東大受験対策に優れているというわけではなくて、そもそも関東以外から東大に進学したい志願者そのものが減ってきているのだ。同じような傾向は、京都大学でも大阪大学でも強まっている。
そして、国立に合格できる力があっても私立を選択する受験生も少なくない。何が何でも東大でなくなってきたように、「成績がよければ国立」でもなくなってきている。多様化がすすんできている。
そうした中で東大をはじめとする従来の難関大学の合格者数を強調して競ってみたところで、かつてのようなインパクトはなくなっており、効果的な広告にもならなくなってきている。だから、駿台予備校は合格者数の掲載を終了するのだ。
ただし、終了するのは駿台予備校全体の合格者数でしかない。校舎別での合格者数は掲載・公表を続ける。北海道の札幌校舎であれば、北海道大学志望者が多いので北海道大学の合格者数を発表することは効果的な広告になる。九州の福岡校であれば、志望者の多い九州大学の合格者数は発表することに意味はある。校舎ごとに地域の特色に合わせた発表は続けるわけだ。「合格者数の掲載終了」は、「より効率的な広告の強化」と解釈したほうがよさそうだ。
それだけで、効率的で効果的な広告になるわけではない。大学受験をめぐる状況の変化は、地域の違いだけではない。急速に強まっているのが、現役志向である。「何がなんでも東大」の時代には、現役で失敗すれば浪人生となって再チャレンジするのも普通で、「二浪三浪は当たり前」などといわれたりもしていた。
それが通用しない時代になっている。代々木ゼミナールが公開しているデータによると、東大でも1996年度の合格者に占める現役率は65.4%だったが、2025年度は74.5%へと過去最高を記録している。だからこそ、前述したように浪人生を主たる対象にしてきた予備校も現役生を多く受け入れるようになり、予備校と学習塾の境目がなくなってきている。
私立や公立の学校にメソッドとノウハウを売る
志願校の多様化が進み、現役志向が高まっている中で、予備校・学習塾は特定難関大学の合格者数ではなく、ほかの面でアピールしなくてはならなくなっている。それは、やはり「合格させる力」でしかない。そのために駿台予備校が打ち出してきているのが、「究極の個別最適学習」だ。次のように山畔氏は説明する。
「ある問題を解かせてみて、その生徒が何を理解していないかをAIが分析して教えてくれるシステムを駿台予備校では開発しています。そこでわかった弱点を補強してあげれば、確実に成績は伸びます。ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、苦手な分野でも駿台予備校なら2カ月で克服させることができます」
そのほかにも駿台予備校では、さまざまなICTコンテンツを導入している。それらを駆使して改善しながら指導のノウハウを重ねることで、生徒の生徒の苦手部分を克服させ、学力向上につなげているという。
例えば、東大入試でも、物理だけ点数が取れないために合格できなかったいうケースはある。その生徒に対してもほかの生徒と同じような授業をしていても力はつかないが、弱点を明らかにし、そこを補強する授業を集中的に行うことで合格に近づけさせることができる。英語力強化のためのコンテンツもあれば、大学受験指導のコンテンツもある。そうした独自に開発したメソッドが、これからの駿台予備校にとっては大きな強みになる。
しかも、このメソッドを駿台予備校は、ほかの予備校・学習塾に広める試みも今年から始めている。簡単に言えば、合格させるメソッドとノウハウの販売である。独占しておけば、ほかの予備校・学習塾との差別化につながり、多くの生徒を集める武器になるはずだ。
にもかかわらず、それを駿台予備校は売ることを決めた。生徒を集めて合格させる事業には限界があるが、メソッドとノウハウを売る事業は、受験がありつづける限り、大きく発展させていく可能性がある。
広める先は、予備校・学習塾ばかりではない。私立や公立の学校にも広めようとしており、すでに導入しているところもある。
「かつては、自治体が予備校や学習塾に相談するなんてことはありませんでした、大きく変わりましたね。教員の研修をどうすればいいかなど、そうした相談が駿台予備校にもけっこうあります」
学校にとっても進学、受験がますます大きな目標になっているからである。だから、学校や自治体も予備校や学習塾のノウハウやメソッドを利用せざるをえず、積極的に取り入れる動きが強まっている。予備校や学習塾の合格させるノウハウやメソッドを、学校も自治体も求めているのだ。それは、駿台予備校が狙うマーケットが確実に大きくなってきていることを示している。
前出の拙著『学校が学習塾にのみこまれる日』の中で筆者は、「なにしろ『テストでよい成績をとる』ことに関しては、これまで述べてきたように、学習塾のほうが学校より優れているからだ」、学校が学力偏重になればなるほど「学習塾があれば学校はいらない、なんてことになりかねない」と述べた。
学校や自治体からの相談が「駿台予備校にもけっこうある」と山畔氏がいうように、予備校・学習塾に頼る傾向が強まっている現在、「のみこまれる日」はますます近づいているのかもしれない。というより、すでにのみこまれているのかもしれない。
(注記のない写真:駿台予備校ホームページより)