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世論が盾の石破首相、「政権延命」の賭けの帰趨は?少数与党政権の首相として戦後政治に新たな道を示せるか

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民意を拠り所に政権続投を図る石破首相。少数与党政権の首相として戦後政治に新たな道を示せるか。

8月21日、アフリカ開発会議で挨拶する石破首相。退陣論がくすぶる中、政権続投の成否が注目される (写真:時事)

戦後80年、もしかすると石破茂首相は戦後政治史を塗り替えるつもりかもしれない。

衆参両院選挙で2連敗を喫し、「国民の不信任」の審判を受けた形の石破首相は、9月1日で参議院選挙後、在任42日となる。「政権選択選挙」といわれる衆議院総選挙で敗退して辞任した首相は、戦後、1946年の幣原喜重郎、1947年の第1次内閣の吉田茂、1976年の三木武夫、1993年の宮澤喜一、2009年の麻生太郎、2012年の野田佳彦の6氏だが、全員が衆院選から42日以内に退任している。例外は石破現首相だけだ。

他方、参院選で敗れた首相の退陣時期は一様ではない。衆参同時選挙だった1947年の吉田、1974年の田中角栄、1989年の宇野宗佑、1995年の村山富市、1998年の橋本龍太郎、2007年の第1次内閣の安倍晋三、2010年の菅直人の7氏だが、選挙から退任まで17日の宇野、18日の橋本、30日の吉田の3氏が即時辞任組である。59日の安倍氏は政権維持を決めた後、体調悪化で降板した。

155日の田中氏は、参院選敗北で弱体化した後、「金脈追及」報道でとどめを刺された。172日の村山氏は参院選不振で辞任に大きく傾いたが、周囲の強い慰留で踏みとどまる。最後は自身で退場のシナリオを書き、実践した。

菅直人氏は「退陣承諾表明」の奇策

もう一人、「ミスター政権欲」と呼ばれた菅直人氏は、選挙敗北から418日の異例の長期在任を記録した。選挙の11カ月後、衆議院での内閣不信任決議案の採決で、与党・民主党の代議士会での「退陣承諾表明」という奇策によって不信任案否決を果たす。「退陣表明後89日の在任」という居座り最長記録も残した。

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