日本企業がテスラについていけない決定的理由 パナソニックもテスラも知る男が語りつくした

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「イノベーションが起こるのは、まさにこういう場所からだと痛感した」。テスラ在籍時のことを元パナソニック副社長はそう振り返った。

イーロン・マスクCEOとパナソニック時代の山田喜彦氏。写真は2014年(撮影:尾形文繁)

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電動化や自動運転の技術で自動車業界の先端を走るテスラ。その独自性の1つが、リチウムイオン電池を車両の底に数千本敷き詰める設計。この電池を供給しているのがパナソニックだ(中国市場専用モデルを除く)。
2010年、当時は新興ベンチャーにすぎなかったテスラとパナソニックの協業を後押ししたのが、元パナソニック副社長の山田喜彦氏。2017年にはテスラに移籍し、パナソニックと共同で運営する電池工場のバイスプレジデントとして工場の立ち上げを指揮した(2019年7月に退職)。
テスラもパナソニックも知る男が、テスラのすごみと電池の未来を語った。
(インタビューは2020年10月に配信した記事の再録です)


大方の予想は見事に外れた

――パナソニックがテスラに出資したのは2010年のこと。当時のテスラはまだ新興のベンチャー企業でした。

当時、テスラが成功するとは誰も思っていなかった。

もちろん今もテスラに半信半疑の人はいるが、当時は10人中10人が「うまくいくはずがない」と答えたことだろう。それでもパナソニックがテスラと組んだのは、成長のポテンシャルがある企業と組むという外的刺激によって、パナソニックを成長させようと考えたからだ。

結果的に、テスラに対する大方の予想は見事に外れた。ギガファクトリーは立ち上げから2年で軌道に乗り、EV(電気自動車)の販売台数は2019年に37万台弱まで拡大した。途中、テスラがモデル3の量産に苦しむなどのスケジュール遅延はあったが、イーロン・マスクCEOが2006年に掲げたテスラの経営目標「マスタープラン」は、今見てもまったくブレていない。

――テスラの凄さとは?

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