雪降る能の村に見た「理想郷」、手を抜かぬ大切さ学んだ 文筆家 船曳由美氏に聞く

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ふなびき・ゆみ 1962年、東京大学文学部卒業。平凡社に入社、雑誌『太陽』に創刊時から編集者として携わり、民俗、祭礼、伝統行事を取材。86年から集英社で『失われた時を求めて』『ユリシーズ』『完訳ファーブル昆虫記』などを担当。著書に『一〇〇年前の女の子』。(撮影:尾形文繁)
黒川能 1964年、黒川村の記憶 (新書企画室単行本)
黒川能 1964年、黒川村の記憶 (新書企画室単行本)(船曳 由美 著/集英社/3600円+税/392ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
56年前、日本中がアジア初の五輪開催に沸くとき、その熱狂に背を向け、雑誌『太陽』の駆け出し編集者が山形県庄内地方の黒川村(現鶴岡市)を訪ねた。そこで500年以上継承されてきた黒川能とその準備を行う村の暮らしを1年にわたり取材する。そして今、当時の記憶を一冊の本にまとめた。

──能楽堂などで見る一般的なお能とは違いますね。

黒川能は、春日神社を鎮守とする村の暮らしに根差したお祭りです。旧正月の2月1日から2日にかけて行われる王祇(おうぎ)祭では、神社の御神体「王祇様」を上座と下座、2軒の「当屋(とうや)」へお迎えします。そこで夜を徹して能と狂言が演じられ、村人は能舞台を囲んでごちそうをいただく。こうして神と人がともに饗(きょう)することで、1年の恵みに感謝し、新年の五穀豊穣を祈念する。伝統芸能というより、共同体のための神事なのです。

──取材は半世紀前。なぜ今、本にしようと考えたのですか。

きっかけは、母の聞き書きを基に2010年に出版した『一〇〇年前の女の子』です。母は米寿を過ぎた頃、「わたしにはおっ母さんがいなかった」と自分の生い立ちを口にした。驚きました。と同時に母は、故郷である栃木県高松村(現足利市)の暮らしを生き生きと語り、それを私が“高松村物語”に紡ぎました。 

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