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ある金融マンの経験的深セン発展論 住む人はみな、起業家か起業志願者

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私は1997年に上海から深センに移住した。魅力的な仕事があったためだが、国際金融を学んだ者としては、その当時かなり例外的な選択だった。上海・浦東新区を国際金融センターとして整備する国策プロジェクトがすでに始動しており、金融のプロフェッショナルを志す人はみな上海で働きたがった。私が博士号を取得した復旦大学そばの役所で戸籍の転出手続きをする際に、見知らぬ職員に「深センになど行かず、上海に残りなさい」と何度も翻意を促されたことが今も記憶に残っている。

正直なところ、移住当初から2000年代前半までの深センの住み心地は決してよくなかった。治安が悪く、盗難は日常茶飯事。「自転車を3台盗まれなければ深セン人ではない」という言葉があったほどだ。無理もない。当時の深センは、アジア通貨危機や中国のWTO加盟を受け、加工貿易基地としての強みと経済成長力を急速に失いつつあった。中国経済の先頭を走る経済特区が、南方の辺境へと衰退しかねない不安があった。

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