GIGAスクール構想は荒療治、ICT教育が進まなかった理由

「実は、これまで国は地方交付税を使って、学校のICT化を進めようとしてきました。しかし、それに対して地方自治体の動きは鈍いものでした」

こう話すのは、ICT活用の先進的な取り組みで知られる熊本市や戸田市(埼玉県)などにおいてICTの活用アドバイザー、コンサルティングを務めてきた経験を持つ情報通信総合研究所の平井聡一郎氏だ。平井氏は、2019年3月から国の政策として始まった全国の小中学校で1人に1台の端末と通信インフラを整えるGIGAスクール構想を評価する一方、「荒療治」でそうせざるをえなかったと苦言を呈する。実際、GIGAスクール構想が始まった後も、自治体の動きは遅く、なかなか進まなかったと振り返る。

情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 特別研究員 平井聡一郎

「まず、その理由として挙げられるのが自治体にはICTの専門家がいないことです。さらに従来型の“チョーク&トーク”といった教えることが主体の授業にどっぷりとつかってきた学校には、変化を嫌う体質がある。とくに中学校では『教科』ごとの縦割り意識が強く、ICTは教科の専門性を壊すものと懸念する教員も少なくなかったのです」

どんな端末やアプリを導入すべきか、自治体側に知見がないのはもとより、きちんとした基準がないのも問題だという。自治体では、機器の購入やインフラ工事に際して入札が行われるが、企業は入札に勝つためにどうしても売りやすいものを売ってしまう。時にはオーバースペックなものを学校が買わされてしまったり、それが子どもたちにとって本当にいいものかわからないまま見切り発車で導入されてしまうケースもあったという。

そこでGIGAスクール構想では、国が必要なスペックを提示して、最適な端末を適切な価格で提案してもらう形を取ったというわけだ。だが、数年かけて浸透させるつもりがコロナ禍で早まってしまったために、スピーディーに導入が進む一方、慌てて整備することによる課題も出てきている。

「GIGAスクール構想では、情報端末は5年程度、Wi-Fiは10年ほど維持できることを想定しています。情報端末については当初、4万5000円で調達可能な基本パッケージに、各自治体の取り組み状況に合わせて応用パッケージを準備する二段構えで臨みました。しかし財政難の自治体に対応するため、まずは基本パッケージでの整備を進める方針を取りました。しかし、新型コロナへの対応で、オンライン授業、動画視聴が求められるようになると、一部の端末が要求されるスペック増に耐えられるか、整備されたアプリで十分だろうかという点が問題になってくると思います」

本来なら、すべての端末に授業支援や家庭学習に対応するためのドリルなどのアプリがインストールされるはずだったが、そうしたアプリが入っていないためにどうしても端末の活用に制限が出てくるということだろう。しかも、こうしたハードとソフトの問題に加えて、もう1つ大きな課題があるという。

「急いで導入を進めているために、端末の入荷やWi-Fiの工事が遅れているなど問題点を挙げればきりがない。しかし、教育委員会が『これからどんな教育を目指すのか』というビジョンと、そのためのロードマップを策定しないままに進んでしまっているのが最大の問題です。確かに今年度末が導入期限ですから、余裕がないこともわかります。しかし、“チョーク&トーク”という教える授業しか知らない教員が、いきなり協働的な学びをやれと言われても難しい。そのためにもビジョンとロードマップに沿った取り組みが重要になります」

専門家に丸投げだけは、絶対にやってはいけない

そんな中でもICT教育をうまく進めている自治体はある。いったい何が違うのか。平井氏は、いちばんの根本として「トップの力」を挙げる。トップがICT教育に積極的で、強力なリーダーシップの下、組織をオープンにして外部のネットワークを活用しながらICT化を進めている自治体は強いという。

「教育委員会は一般的に閉鎖的でした。その中で、これまでも開かれた教育委員会になろうとやってきたところは、GIGA、コロナという大きな変化にも対応できています。例えば、広島県の平川理恵教育長や熊本市の遠藤洋路教育長のように、トップ自身がネットワークを持っていて、積極的に動いている自治体は強いですね」

次に挙げるのが「県や市町村の首長と教育長が、しっかりと手を携えて取り組んでいること」だ。象徴的な例として、平井氏は戸田市の菅原文仁市長と戸ヶ崎勤教育長の連携を挙げる。そして「ビジョン」。そもそも旗印がなければ組織は動くことができないから、とくに重要だと強調する。

「通常、ビジョンの策定は、こんな子どもたちを育てたいという思いからスタートします。そこから必要なツールは何かを探っていくというステップを踏んでいきます。それを円滑に進めるために必要なことは、やはり人材を育成することです」

そこで次に挙げるのが「教育委員会内でいい人材がそろっていること」だ。

「学校の先生はもちろんですが、先生を指導する立場である教育委員会の指導主事もICTについて勉強をしなければならない。行政のトップと教育長、そして事務方の行政マンと指導主事がタッグを組めているところは強いんです。戸田市は異動が当たり前の自治体にあって、教育委員会が直接人材を採用して専門職を育てています。最後は、自治体に組織を引っ張れる人がいるかどうかで、結局のところは人なんですね」

GIGAスクール構想では、県が主導して市町村と一緒にICT機器を共同調達することを推奨している。通常なら市町村と県の管轄は別だが、「そうした動きができるのも組織を強い力で引っ張るリーダーがいるから。鹿児島県や奈良県などが、市町村と共同で調達を行っている」(平井氏)という。

そういう人材が組織にいなければ、どうすればいいのか。そのときは専門家に頼ればいい。ただ、わからないからといって、ベンダーやアドバイザーに丸投げというのは絶対にやってはいけないという。文部科学省では「ICT活用教育アドバイザー」という制度を設けており、市町村の細かいニーズを吸い上げ、人材を派遣する取り組みを行っている。総務省にも「地域情報化アドバイザー」という同じような制度があるので、うまく使うと便利だ。その際も、あくまでひとごとではなく「自分事」として取り組むことがポイントになるという。

また来年度は、GIGAスクール構想によるICT機器整備が済み、いよいよICT機器を活用した授業づくりの段階となる。つまり、目指す授業を進めるための教員研修と、新たに必要になったハード・ソフトの整備という、いわばポストコロナのステージとなる。これらを支えるためには、ICT機器と授業づくりの両面の知見を持ったエキスパートが必要である。そこで各自治体への教育CIO(Chief Information Officer)の配置が求められるという。

後編では、教員がICT教育を進めるためのコツについて考える。

情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 特別研究員 平井聡一郎(ひらい・そういちろう)
茨城県の公立小中学校で教諭、中学校教頭、小学校校長として33年間勤務。その間、茨城県総和町教育委員会、茨城県教育委員会で指導主事を務める。茨城県古河市教育委員会で参事兼指導課長として、 全国初となるセルラー型タブレットとクラウドによる ICT 機器環境の導入を推進。2018年より現職。茨城大学非常勤講師、文部科学省教育 ICT 活用アドバイザー、2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会ワーキンググループ委員、総務省プログラミング教育事業推進会議委員を歴任。経済産業省の「未来の教室」とEdTech研究会にオブザーバーで参加。戸田市、下仁田町、小国町など複数の市町村、私立学校のICTアドバイザーも務める

(写真:今井康一)