2つの「東京オリ・パラ」がもたらした「ストーリー」 「近未来日本」を見通すヒストリーという武器

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マイヤーのいう「雄大な実験」は前評判通りドン・キホーテ的であったのかもしれない。にもかかわらず、その後の50年、おおむねその取り組みは続いている。そこにはどのようなヒストリーがあるのだろうか。経済を手段とした世界的役割を考えていた佐藤は海外で軍事的役割を果たすことは考えていなかった。自衛隊が海外に出た日本は第3の戦後日本だろうか。集団的自衛権の限定的行使容認は第4の、この度のことはもはや戦後日本ではないのだろうか。

他方、世界も日本も変わり続ける中で変わらないために変わる行為も必要であるとすれば、湾岸戦争後の30年間の日本はどう評価できるだろうか。憲法が変わっても日本は変わらず、憲法が変わらなくても日本は変わるかもしれない。

このように点ではなく線の選択を考えるうえで政治体制は重要である。近年、世界的に民主主義の後退が指摘され、盛んに議論されている。独裁国家の活動はますます大胆さを増し、民主国家では選挙の正統性をめぐる対立が暴力にまでつながっている。

平和と繁栄へのマドル・スルー

ここでもう一つの東京オリンピックにさかのぼってみよう。戦争を理由に開催を返上した未発の東京オリンピック1940である。このときパラリンピックはまだ影も形もなかった。前身となる競技大会は1948年に産声を上げ、オリンピックと同時期・同場所での開催は1960年のローマが初めて、パラリンピックという名称は1964年の東京大会が初めてである(稲泉連『アナザー1964―パラリンピック序章』小学館、2020年)。

オリンピック・パラリンピックの歴史は政治や社会の変化を雄弁に物語る。もちろん時に後戻りし、早足になり、迷い道をする。それでも人々はどのように共生し、政治はどのような役割を果たすべきか。私たちは人々の幸せにますます焦点を当てるようになっており、政府と国家はその担い手、基盤として不可欠である。「信なくば立たず」というが、内外において知を集め、国民と対話し、人々を調和に導く政党政治こそ民主政治の要諦であろう。

日本の属する自由主義的民主主義の特徴の一つはマドル・スルーであると言われる。それは試行錯誤を伴う経験的知恵を重んじ、泥の中をもがきながら前進するように何とかやっていく姿勢である。日本は占領後の70年を何とかやってきた。現状を見れば他に方法はなかったかと思うこともあるだろう。あそこでこうしていればという事実に基づく議論は大切である。他方で素晴らしい達成もあった。私たちの泥の中での前進はなお続く。ヒストリーがそのそばにあると良いと思う。

村井 良太 駒澤大学法学部教授

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むらい りょうた / Ryota Murai

1972年香川県生まれ。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(政治学)。著書に『政党内閣制の成立1918~27年』(有斐閣、サントリー学芸賞)、『政党内閣制の展開と崩壊1927~36年』(有斐閣)、『佐藤栄作』(中公新書、日本防衛学会猪木正道賞特別賞)、『日本政治史』(共著、有斐閣)、『市川房枝』(ミネルヴァ書房)などがある。

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