教育現場の「叱る依存」、解決に必要なのは「権力勾配を緩やかにする仕組み」 村中直人「カギは『ニューロダイバーシティ』」
中でも印象に残っているのが、「30分でできるような宿題に1〜2時間かかる」といった学習面に関する保護者の相談。泣きながら宿題をするお子さんとそれを見守るお母さんが、宿題のたびに親子げんかをしてしまうような場合が少なからずありました。こうしたケースを複数聞く中で「相談室の枠だけでは限界がある」と考えるようになり、学校ではうまくいかない子どもたちの学習支援事業を仲間と一緒に始めました。
その事業の中で出会った親御さんたちは、教育への意識も高く愛情深い方ばかり。しかし、そういった親御さんたちでさえ、「叱る」に頼ってしまうケースが多々ありました。つまり、「叱ってしまうのは愛情や人格の問題ではない」ということをずっと見てきたのです。
そんな中、より子どもたちを理解するために脳科学を学び始めたところ、処罰行動が脳の報酬系回路を活性化するという研究報告を知りました。誰かを罰することがモチベーションになることに衝撃を受け、「叱る依存」という発想と言葉が生まれました。
──つい子どもを叱ってしまうのは、定型発達とされるお子さんの親御さんや学校の先生にもあることですよね。
はい、誰しも「叱る依存」に陥る可能性があります。しかし、発達障害と診断されたお子さんを持つ親御さんは日々、「お子さん、もうちょっと何とかならないの?」という周囲からの圧を強く感じているため、より「叱る依存」に陥りやすくなっています。社会構造を変えなければいけないと思っています。
「ニューロダイバーシティ」を持ち込み、学校の仕組みを変える
──「叱る依存」から脱却すべく社会構造を変えるには何が大切ですか。
カギとなるのは、「ニューロダイバーシティ(人の神経学的な多様性)」という概念です。これは、自閉スペクトラム症の当事者の方々から起こった社会運動で、「脳や神経系のあり方は多様であり、文化が違うようなもの。その違いを認めて社会に生かしていこう」というものです。
これはまさに私が学習支援事業を通して感じていたことでした。発達障害などの「ニューロマイノリティー(脳や神経系の情報処理の仕方が非定型の神経学的少数派)」のお子さんと、神経学的多数派は持って生まれた文化が違うのです。そのために親子間、子どもと教員の間など異文化間の衝突が起こり、「叱る依存」も生じやすいのです。
ニューロダイバーシティの言葉が使われ始めた1990年代後半ごろに比べ、今は脳や神経系の研究が進み、ニューロダイバーシティに関する科学的なエビデンスが得られるようになりました。今後は科学的・医学的な視点を持った社会運動として展開しつつ、その哲学を社会システムの構築や会社経営などに生かす必要があると考えます。