教育現場の「叱る依存」、解決に必要なのは「権力勾配を緩やかにする仕組み」 村中直人「カギは『ニューロダイバーシティ』」

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つい子どもを叱りすぎてしまった――毎日子どもと接する教員であればそんな自己嫌悪の経験があるのではないか。あるいは、こちらの意図を伝えるには強い叱責も必要だと考える人も少なくないかもしれない。しかし、今年8月に公表された「生徒指導提要」の改訂案では、子どもの権利が重視され、「威圧的、感情的な言動」や「ことさらに児童生徒の面前で叱責」するなどの「不適切な指導」の記述も加わった。今後、教員は子ども一人ひとりを尊重し支えていくうえで「叱る」を捉え直す必要があるだろう。そこで、「叱る行為には依存性がある」と指摘する臨床心理士の村中直人氏に、子どもたちの成長や学びのために必要な視点や考え方について聞いた。

「叱る」と「怒る」は何が違う?

──ご著書『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)が注目されていますが、「叱る依存」とはどういうことでしょうか。

よく「『叱る』と『怒る』は違う」といわれますが、叱られる側からすればどちらも恐怖や苦痛、不安を感じるもの。そのため、私は「叱る」を「ネガティブな感情体験を与えることで、相手をコントロールしようとする行為」と定義しています。その視点から、脳科学や私が専門とする心理学に基づき発想した仮説が「叱る依存」です。

臨床心理士、公認心理師の村中直人氏

では、どういうメカニズムなのか。人はネガティブな感情を強く感じると、脳の扁桃体(へんとうたい)を中心とする防御システムが働き、「戦うか、逃げるか」の反応が起きます。だから大人に叱られた子どもの多くは、権力格差があるので戦わず、苦痛や恐怖から逃げるために謝るか、言われたとおりに行動します。

一方、叱る側は、子どもが反省を見せると「自分には影響力がある」と感じ、この自己効力感が報酬となります。さらに、処罰行動は脳の報酬系回路を活性化することが明らかになっているので、ネガティブな感情体験を与える「叱る」には「処罰感情を充足する報酬」もついてくることが考えられます。こうしたご褒美によって叱ることが気持ちよくてやめられなくなる。これが、私が考える「叱る依存」です。

──叱られ続けると、子どもにはどんな影響があるのでしょうか。

強いストレス状況は、脳の前頭前野(知的活動に重要だと考えられている部位)の働きが大きく低下します。つまり、叱られ続けると苦痛やストレスを制御できない状況となり、諦めや無力感が生まれます。謝るのも苦痛を回避するためなので、なぜ叱られたのか理解していない場合が多い。叱る行為は、人の学びや成長には効果がないのです。むしろ弊害のほうが多いことが近年の研究でわかっています。

愛情があっても陥る可能性がある「叱る依存」

──「叱る依存」について考えるきっかけが何かあったのでしょうか。

活動背景が大きく影響しています。私が臨床心理士として働き始めたのは2000年初頭。当時は発達障害という概念が教育界に流れ込んできた時期で、大阪市の教育センターで教育相談を担当していた私は、急増する発達障害に関する相談も受けていました。

村中 直人(むらなか・なおと)
臨床心理士、公認心理師、Neurodiversity at Work 代表取締役、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事(共同代表)
1977年生まれ。臨床心理士として公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野で勤務し、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズのある子どもたち、保護者の支援を行う。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター’s スクール」の運営を通じ、支援者育成にも力を入れている。現在はニューロダイバーシティに着目し、企業向けに日本型ニューロダイバーシティの実践サポートも行う
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