テンプレ型の教育で増えた「いい子症候群」の若者 「最近の若者は…」と嘆く前に大人がやるべきこと
「いい子症候群」に着目した理由
『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』という書籍の中で紹介しているデータをここでも共有したいんですけれども、これが、私が興味を持ったきっかけの1つです。

何らかの成果に関する分配方法について、どれがいちばん公平か、もっと簡単に言うと、しっくりくるかっていうような質問をした結果です。
例えばプロジェクトで1つ何か事業を成したときでもいいですし、単純にみんなで買い物をした後、それを分配することでもいいかもしれません。どんな方法があなたにとってしっくりくるかという質問があります。で、選択肢としてこの4つ。この4つからお選びくださいっていうふうに聞いてみるんですね。
1つ目が単純均等「平等分配」です。2つ目が「必要性分配」。例えば、おなかが空いている人によりたくさん分配するであるとか、給与・報酬であれば、必要な人に少し多めに分配するっていうことですね。これが2番目です。
3つ目は、頑張ったかどうかは関係なくですね、それに貢献した、この人がいちばん成果を上げるのに役立ったという人に多く分配するっていう「実績に応じた分配」になります。で、4つ目がいちばん頑張った人。つまり貢献とは関係なく、誰がいちばん成果を上げたかは関係なく、いちばん努力を費やした人に分配するべきだと考える「努力に応じた分配」になります。
これは、2000年に佐藤俊樹さんが書かれた本の引用なんですが、その結果がこうなります。

興味深いので、男女比も合わせてこのように示してあります。パッと見ておわかりのとおり、「努力に応じた分配」が日本人の最多層だということが、数字を見て明らかだと思います。
日本の過半数の人は当時、全世代が対象になっているんですけれども、いちばん頑張った人にいちばん多く分配するのがしっくりくる。それがフェアだと考える。次に多いのが成果を上げた人だと。とくに男性は、努力よりもいちばん成果に貢献した人に多く分配するべきだって考える人が約3割になっています。
で、ここからが本題なんですけれども。これをコツコツ大学生相手にデータを取ってきました。結果はこうなりました。

強調して申し上げますね。②③④のように、必要な人に多くするではなく、いちばん成果を上げた人に多くするでもなく、いちばん頑張った人に多くするでもなく、それらはすべて無視して、単純頭割りが自分にとってしっくりくる。これが今の大学生の過半の考え方になっています。
このへんが「いい子症候群」、まさに目立ちたくない、100人のうちの1人に埋もれていたいっていう気持ちを反映しているデータなんじゃないかなというふうに思って、いろんな調査を進めるに至っています。
「いい子症候群」の若者とそれ以外の人の違い

「いい子症候群」の若者が持っている感情って、多くの人が感じることではあるんですよね。人前でほめられると恥ずかしいと思うこともあるし、とくに複数の中で何かを決めようとしているときって、自分で責任を取りたくない、できれば誰か決めてくれないかな、みたいな感情は絶対ありますよね。もちろん、精神的な安定っていうのは大事ですし。
こういった気持ちって、少なからず多くの人にあると思うんです。で、ここからが私が注目する最近の変化点なんですが、こういった気持ちはあるんですけれども、われわれの日常の行動、あるいは人生における意思決定のメインにはなりにくかったとは思うんです。