安倍一強の下で政策決定はますます「官邸主導」が鮮明になっている。しかし、官邸主導の現状は本来求められていた姿から大きく乖離しているのではないか。
自民党長期政権時代の政策決定は、官僚が立案し自民党の政務調査会が審議する形で進められるのが普通だった。一方、こうした方式には(1)根回しなどに時間がかかりすぎる、(2)決定が密室で行われ透明性に欠ける、(3)族議員の政治的思惑で政策が歪められる、といった批判が付きまとっていた。
こうした批判に応えるため、橋本龍太郎政権の頃から模索されてきたのが官邸主導であり、その一つの完成形が小泉純一郎政権における経済財政諮問会議の活用だった。この時期の主な経済政策は諮問会議で議論され、政策決定がスピードアップされるとともに決定過程の透明化が大きく進んだ。
安倍晋三政権下で官邸主導が一段と強まり、政策決定がさらに速まったのは事実だ。だが、諮問会議は官邸の意向を追認するばかりですっかり形骸化してしまった。小泉進次郎氏らが批判するように自民党内での議論さえまともに行われていないなら、決定過程は族議員全盛時代よりもむしろ密室化してしまったことになる。
問題はそれだけではない。一部の首相側近による拙速な政策判断の結果、目的と手段との整合性を欠く安易なバラマキが多くなっているように感じる。その典型が2017年秋の総選挙直前に急浮上した教育無償化策であった。
教育は「人づくり革命」の一環に位置づけられるが、人づくりの柱がなぜ無償化になってしまうのか。現在の保育をめぐっては、保育所不足に伴う待機児童問題が最大のテーマであるのは周知のとおりだろう。ならば最重点の施策は保育所の増設であるはずだ。単に保育を無償化すれば、むしろ待機児童は増えてしまうに違いない。
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