2月6日は、100年前に英国で初めて女性に参政権を与える選挙法改正が行われた日だ。100年目を記念して、メディアでは参政権獲得までの歴史をひもとく報道が行われた。
参政権獲得に至るには、長年にわたる女性たちの運動があった。中には「サフラジェット」と呼ばれる急進的な女性たちも含まれた(英語のsuffrageは参政権を示す)。対人的な暴力は避けたが、政府機関の窓ガラスに投石したり、ポストに放火したりといった示威行動を行った。逮捕されると獄中でハンガーストライキをするなど、権利を勝ち取る歴史がメディアで報じられた。より穏健なグループを含め、欧州大戦に女性が協力することによって政府を動かそうという運動も展開した。それらの成果が1918年2月6日に結実したのである。
しかし、このときの参政権は制限的なものであった。1918年の改正法では21歳以上の男性に選挙権が与えられた。それに対し、女性の場合、30歳以上かつ一定の税金を納めるか、大学を卒業した人に参政権は制限された。女性蔑視の差別的な改正である。男性と同様の権利が認められるのには、さらに10年の歳月が必要だった。
女性蔑視の差別的政策といえば、日本も負けていない。高福祉高負担の「大きな政府」が経済成長の妨げになることを嫌って日本型の福祉を目指した自民党の政策文書『日本型福祉社会』(1979年)には、稼ぎ手としての夫、家事やケアの提供者としての妻といった、男女の働き方や家事分担のモデルが日本的美風として臆面もなく登場する。
この記事は有料会員限定です
残り 748文字
