リスク恐れぬ大胆な自己変革力
箱田:2011年12月の父、金正日(キム・ジョンイル)総書記の急逝を受け、金正恩総書記が権力を継承して早15年。当初はその若さや準備不足から、先行きが危ぶまれた体制も、いまでは盤石のように見えます。そのわけはどこにあると見ますか。
坂井:主に「自己変革力」「災いを転じて福となす力」「強い発信力」の3つの力が挙げられると思います。中でも重要なのは自己変革力。これまでの路線や体制をすべて捨て去るのではなく、核心となる部分は堅持しつつ、改めるべきは大胆に変えることで、多くの難局や危機を克服してきました。
箱田:先代の金正日氏と言えば、軍を優先する「先軍政治」が有名でしたが、久しく聞こえてきません。
坂井:金正恩氏は、権力継承の後、党や国家の基本方針とされていた「先軍」路線から徐々に脱却し、労働党を基軸とした指導体制を改めて確立しました。同時に、父が準備してくれた張成沢(チャン・ソンテク)・国防委員会副委員長や李英浩(リ・ヨンホ)総参謀長といった後見・補佐体制の主要人物を粛清・更迭し、自前の指導部を形成しました。
父から後継指名されたことを正統性の最大の根拠とした金正恩氏にとって、決して容易ではなかったことだと考えられます。しかし、そうした措置を通じて、金正恩氏は、後継準備期間の短さを克服し、実質的で専制的な指導権を掌握することができたといえます。
箱田:北朝鮮の過去6度の地下核実験のうち、金正恩体制下では4回を数えます。
坂井:金正恩氏は18年、核実験・ミサイル発射の停止などを打ち出して、アメリカとの首脳会談を実現させました。さらに、ハノイ会談の物別れを経て対米関係改善のメドが立たなくなると19年末、「正面突破」路線を提唱し、自力更生による核開発推進へと路線を再転換しました。
この「正面突破」路線の提起を通じて、安保政策の迷走を回避するとともに国内の統一団結を確保しました。結果的には「核保有」を既成事実化でき、対米交渉の挫折による権威の失墜も免れたといえます。
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