重なり合って議論される可能性と空想
評者 福山大学経済学部教授 中沢孝夫
先進国の雇用条件の劣化は、かねてより指摘されている。その原因の一つとして、かつて中間層を形成した工場労働が途上国へと移転していることが挙げられている。事実、日本をはじめとして先進国の2次産業の勤労者は減少している。
もちろん現実はそれほど単純な話ではない。評者に言わせれば、生産財や重要な中間財(部品や素材)は、先進国内に存在し続けており、製造業の付加価値生産性は上昇している。また完成品も少ない人数でより多く生産するようになっている。
しかし本書はそのような「楽観論」に警鐘を鳴らす。シリコンバレーでコンピュータ設計、ソフトウエア開発に25年以上かかわった著者は、ナノテクノロジーや、コンピュータ・エンジニアリングの「幾何級数的成長」は、将来、雇用の75%を喪失させると主張する。
たとえば画像診断を専門とする放射線科医は4年間のメディカル・スクール、その後5年間のインターンと研修、さらに専門的訓練を必要とする資格だが、近年はデジタルデータの転送によりインドにいる医師の業務受託が進展している。その賃金は米国人医師の10%にも満たない。あるいは弁護士の判例調査も、インターネットの検索エンジンの発達によりインドに仕事が移転している。つまり特別なスキルの獲得もさしたる職業的な成功につながらず、雇用喪失の現実は大きく広がっているという。それゆえ公務員希望が殺到する。フランスでは学生の4分の3が政府機関で働きたいそうである。米国も同様になるとのことだ。
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