新潟市は、2020年12月までに市立の小中学校全167校に約6万台のiPadを配備。21年1月、各校が任意のタイミングで「GIGA授業開き」を行って端末の活用を開始した。

「GIGA授業開き」では、新潟市教育委員会が用意したガイドラインを参考に端末の使い方や注意事項とともに、新潟市が掲げるGIGA宣言「私たちは端末を利用するときに、次のことを守ります。1.学びを深め、学校生活を豊かにするために活用します。2.人が嫌がることや人を傷付けることはしません」を確認。このわかりやすくシンプルな2つの約束を、端末利用の基本的な考えとすることを教職員、児童生徒の全員であらかじめ共有したという。

初めのうちはオフラインでの使用となった学校も半分くらいあったが、通信ネットワークの環境整備も21年3月中に完了し、本格的な活用を全校でスタートさせている。

端末活用を「日常化」させ、価値を理解してもらう

「新潟市は、ICTを活用した教育の先進自治体ではなかった」と振り返るのは、新潟市教育委員会 学校支援課 副参事・指導主事の片山敏郎氏だ。

新潟市教育委員会 学校支援課 副参事・指導主事
片山敏郎(かたやま・としろう)

そこでまず、学校教育におけるICT活用の必要性を関係者で徹底的に議論し、異なる意見をすり合わせながら「1人1台端末」の整備計画を進めてきたという。「使わなければならない」ではなく、「使いたい」と感じてもらうにはどうしたらいいのか。受け入れやすく使いやすいのはもちろんだが、教員自身が教育効果を感じられるものでなければ積極的には使わない。

そう考えた市教委は、端末やアプリの選定を含む「使いやすい環境」を土台として、子どもはもちろん先生も誰一人取り残さない取り組みを目指すことにした。キーワードとして、日常的に端末を活用する「日常化」を当初から掲げている。

子どもたちがICTの活用を通じて自らの資質・能力を高めていけるようにするには、端末やネット環境に日常的に触れる環境が必要になる。先生たちが授業での使用に消極的であったり、使用場面を限定してしまったりすると、GIGA(Global and Innovation Gateway for All /すべての児童・生徒のために世界につながる革新的な扉を開く教育)の本質に迫ることが難しくなる。だから、先生たちの端末活用を日常化させ、子どもたちへ広げていこうと考えたのだ。

ただ、新潟市の教職員の約半分は50代。当然、パソコンやタブレットなどの端末を使える先生と、そうではない先生とのITリテラシーにも差がある。そこで、まずはこのギャップを埋めるため、新潟市はすべての先生に子どもたちと同じ仕様のiPadを1人1台貸与した。積極的に日常使用することで、端末を教育に活用する価値を直感的に理解してもらうことが近道と考えたからだ。

さらに端末の活用に消極的な教員、苦手意識のある教員を限りなくゼロに近づけるため、20年8月には早くも教職員を対象にしたオンライン研修を実施。以降5回にわたる研修の中で、GIGAスクール構想の推進の基本方針「新潟市の全ての教職員が、自信と安心感をもって、1人1台の端末を活用した授業を実施できる状態を目指します」「新潟市の全ての児童生徒に対して、日常的に行う1人1台の端末を活用した授業を通して、予測困難なこれからの時代の中で、『たくましく生き抜く力』の育成を目指します」を毎回丁寧に説明し、先生たちの心の準備と意識改革を積み上げていったという。

配備後には、ICT端末を用いた研究授業を実施。自主的に検討し合うことで、すべての教員が自信と安心感をもって「1人1台端末」を活用した授業を実施できる体制を継続的に目指す

「教師生活何十年という先生方は、その経験に裏付けられた指導技術を持っています。だからスイッチが入れば、一気に質の高い授業を行えるようになる。そこが年齢層の高い先生方の強みです。これまで行ってきた課題・まとめ・振り返りという問題解決型の授業の中でICT端末を活用し、やり方をちょっと変えるだけで、もっと効果的な学びを子どもたちに実現できると考えています」

チャット活用でサポートデスクへの問い合わせが激減

こうした研修をはじめ、市教委は端末の日常的な活用を促すための支援体制の整備に全力を注いでいる。

中でも注目なのが、20年12月に開設された「NIIGATA GIGA SUPPORT WEB」(以下、GIGAサポートWEB)だ。新潟市のすべての教職員が自信と安心感をもって「1人1台端末」を活用した授業を実施できるようになるためのサポートサイトで、21年6月にはより必要な情報にアクセスしやすいよう大幅にリニューアルされた。

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6月に大幅にリニューアルされた「GIGAサポートWEB」(左)。カテゴリーは大きく「学校支援課、職員研修、事例紹介、各種マニュアル、リンク、お問い合わせ」の6つ。「事例紹介」には教科別の授業例や情報活用能力を高めるための授業づくりの要点がわかりやすくまとまっている(右上)。「各種マニュアル」にはiPad端末や「ロイロノート・スクール」「Gsuite」「ミライシード ドリルパーク」など、さまざまなマニュアルが掲載されている

「本当に必要な情報を残さず上げていったら、こうなった」と片山氏が話す「GIGAサポートWEB」のトップページに掲げられているのは、「学校支援課、職員研修、事例紹介、各種マニュアル、リンク、お問い合わせ」の6つのカテゴリー。「学校支援課」には、「新潟市立学校GIGAスクール構想推進ガイドライン(第2版)」や、端末にインストール可能な新潟市公認アプリカタログ、20年度からGIGAスクール対応課題研究校としてパイロット事業に取り組む3小学校・1中学校の実践実例など、学校支援課が伝えたい内容がまとまっている。

「職員研修」は現時点において、直感的でわかりやすく簡単に使えると定評があり、新潟市でも導入を決めたアプリ「ロイロノート・スクール」の使用ガイドを掲載している。片山氏が「公式サイトよりも丁寧な動画ガイドを作成しました」というくらいわかりやすい解説で、先生を誰一人として取り残さないという学校支援課の強い意志を感じる作り込みだ。また「事例紹介」では子どもたちの情報活用能力を高めるための授業づくりの要点を、「各種マニュアル」には端末および主要なアプリの設定・操作マニュアルがまとめられている。

この使い勝手がよく充実した質の高いコンテンツが評判を呼び、今では新潟市の教職員はもちろん、ほかの自治体の教職員、学校関係者のアクセスも非常に多く、建設的な意見をもらうことさえあるという。

「『GIGAサポートWEB』は、フルオープンアクセスにしています。おそらく同種の端末を導入している自治体が欲しいと思うであろう情報をどんどん公開しています。お互いにギブ・アンド・テイクの精神で、ほかの自治体のよい情報があれば、私たちにもシェアしていただきたい。実際、『GIGAサポートWEB』の各種マニュアルの中に『家庭でのWi-Fi接続設定簡易マニュアル』という項目を追加しましたが、これは今後家庭への端末持ち帰りが本格化すると、家庭でネット環境設定に困ることがあると思うので作ったらどうかという声を反映したものです。各端末にショートカットを作ったり、メールマガジンで更新情報を送るなどプッシュ型の施策も検討したりしています」

さまざまな工夫を経て、新潟市でのGIGAスクール構想の日常化は確かな成果を上げている。例えば、「ロイロノート・スクール」の21年7月の平日アクセス件数は平均で約2.7万人。新潟市の6万人の児童生徒のうち、かなりの数が毎日のように端末のスイッチを入れてアプリを活用しているということだ。

「4月の平日アクセス件数は約1.1万人でしたから、わずか3カ月で倍増しています。私たちがいちばんやりたかった先生、児童生徒の『日常化』は、相当進んでいると思います」と片山氏は手応えを実感している。

3年生の国語「学校の自慢を伝えよう」では、それぞれが学校の自慢を「ロイロノート・スクール」を使ってカードに書き込み、友だちと話し合ってプレゼンテーションのスライドを作成した
こうして作ったスライドを大型テレビに映しながらプレゼンテーションを行った。「もっと学校の自慢をたくさん考えたい」「プレゼンテーションを作り込みたい」という子どもが、家庭に持ち帰って授業の続きに自由に取り組めるよう新潟市では家庭への端末の持ち帰りも進めていく

もう1つ、「GIGAサポートWEB」と並んで、教職員の端末活用の日常化を後押ししているものがある。それが「GIGA推進リーダー会」だ。新潟市167校から各校1人ずつ参加してもらい、主にコミュニケーションアプリのチャット機能を使って情報交流を行う仕組みだ。

「学校現場での困り事について誰かが質問すると、その問題に詳しい人や指導主事の回答がほぼリアルタイムで入り、即解決するケースが多くなっています。また、現在の取り組みでうまくいっていることを紹介すると、すぐにコメントが投稿され、そこからどんどん議論が深まっていきます。従来だと、このような機会は月イチの定例会で行われていたのですが、『GIGA推進リーダー会』が20年5月下旬に立ち上がってからは、課題解決のスピードが急速に上がりました。おかげでGIGAサポートデスクへの問い合わせ電話が激減したという副次的効果が出ています」

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新潟市167校から各校1人ずつ参加する「GIGA推進リーダー会」のチャット。学校現場での困り事などを投げかけると、ほぼリアルタイムでメンバーから回答がくるという。課題解決のスピードが上がり、GIGAサポートデスクへの問い合わせ電話が激減した

「寄り添い型」で、やらされ感なく定着させる

目標としていた「日常化」が大きく前進し、現場を支える取り組みも生産的になっているという新潟市が今見据えているのは、GIGA元年以降の動きだ。出足は好調なものの、いずれGIGA推進の学校間格差や、先生たちの取り組みの姿勢に対する差が生じるとみている。だが、あくまで「新潟市は寄り添い型」と片山氏は話す。

「『夏休みまでに端末を家庭に持ち帰れるようにしよう』など、市教委は目標の時期を示しますが、実施するスピードは学校ごとに合ったものがあります。学校のマネジメントを信頼して、緩やかながら確実に徹底させる。この現場との信頼関係は新潟市の自慢で、今後も継続的な支援を行いながら、やらされ感なく定着させたいと考えています」

「ここで端末を使いなさい」ではなく、子どもも先生も、毎日いつでも必要なときに自然とICTを使うことができる教室、学校を目指していくということだろう。また新潟市では現在、「教育の情報化ビジョン」を策定中で、その中ではすでに5年後の端末入れ替えも検討課題に入っているという。

「今回のように国・自治体の予算のついた貸与式になるのか、保護者の皆様にご負担いただくBYOD(Bring your own device)になるのか、まだ詳細は決定していません。しかし、どちらになっても、新潟市GIGAスクール構想の基本設計がご家庭に受け入れられ、今後も継続してほしいと望まれるようになるには、やはり『日常化』を推進していくことが不可欠です。さらに授業の実績効果を定量的に分析・検証することも必要で、こうした私たちの創意工夫と努力が予算要求と絡み合いながら、新潟市のアフターGIGAの行方を決めていくと考えています」

すでにデジタル教科書の検証や、コンテンツの増大に伴うネットワーク環境の増強、教職員の校務支援システムとの連携、将来的な学力テストのCBT化に向けた準備など、次々と検討課題を俎上に載せている。GIGAスクール元年という世間の喧噪をよそに、新潟市のGIGAスクール構想はもう次のステージを見据えている。

(写真はすべて新潟市提供)