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どうでもいい商品の「たまたま決まる」どうでもいい価格が最も重要となる現代経済において、価格は消費者からむしり取る手段となった

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それは、テニスコートの使用が、まさに、エンターテインメント需要、暇つぶし需要だからである。リゾートではなおさらで、都心のテニススクール需要や小平の大学テニスサークルの需要とはまた変わってくる。とことんどうでもいい需要である。

これが現代経済なのだ。前回述べた必需品の世界とまったく異なる世界だ。

必需品だけ、毎日生きていくだけが精いっぱいなら、今日の所得は今日全部消費し、価格は昨日と同じで、考える余地はないのである。

しかし、ほとんどの消費が、嗜好品、余暇を楽しむ商品、生死のためには消費してもしなくてもいい商品、あるいはそういう余剰部分、どれだけいつもよりおいしいか、なんとなく魅力的とかいう、どうでもいい部分が含まれている需要であれば、価格は最重要となる。

なぜなら、価格はいくらでもいいからである。

価格はどうでもいいから、価格は最重要となるのである。

「いくら払うか」は気分で決まる

売る側は、限界効用まで、消費者が最大限出してもいいという価格まで上げようとする。しかし、消費者もそれはわかっているから、よっぽど興奮して見境がつかなくなっているか、追い込まれているときにしか、それは払わない。

しかし、じゃあいくら払うのか、というと、いくらでもいいから困ってしまうのである。

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