今や錦の御旗となった「実質賃金の上昇」の残念感 抽象的すぎるフレーズ、実現の経路は複雑怪奇

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とはいえ、実質賃金の構成要素のうち労働分配率に問題がないわけではない。企業収益の堅調な回復と労働分配率の間には、つねに齟齬が指摘されてきた。

特に近年(2022年や2023年)は春闘を中心として大幅な名目賃金の引き上げが報じられてきたものの、労働分配率は実質賃金の押し上げ要因にはなっておらず、むしろ2023年については顕著なマイナス寄与が見られている。

労働分配率が低迷する背景を本コラムですべて語りきれるとは思わないが、最近目にする議論として日本の流動化されていない労働市場の結果だという声も目にする。「流動化されていないため、人材を留保するための賃上げが不要になっている」との指摘である。

要するにそれは「転職が盛んになれば賃金も上がる」という論理だが、本当にそうなのだろうか。

例えば、近年、これほど人手不足が指摘されているのに労働分配率は実質賃金のドライバーになっていないどころか、足かせになっている。それは労働市場が非流動的だからなのだろうか。人手不足で労働者の交渉力が強まっているならば労働分配率は上昇するのではないか。

雇用流動化して賃金が下がる人々

労働市場の流動化にあたっては「メンバーシップ型からジョブ型へ」が盛んに議論されている。終身雇用・年功賃金に象徴される日本型雇用はいわゆるメンバーシップ型として現在では改革対象と考えられている。

だが、メンバーシップ型の雇用制度では中高年の労働者には生産性以上の賃金が支払われ、その年代以下の若手の労働者には生産性以下の賃金しか支払われていないと評される。

ということは、労働市場の流動化とともに求められるジョブ型への移行が実現した暁には、その「中高年の労働者」は賃下げに直面するはずである。むしろ、そのボリュームのほうが大きいのだとしたら、日本全体では賃金は下がるのではないだろうか。

労働市場の流動化を目指すこと自体、相応の理屈があるとしても、それを実質賃金押し上げのパーツのように議論するのはやや心許ないように思える。

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