ロシア文学が描いてきた「逞しい女性たち」の系譜 ロシア文学者の沼野恭子氏インタビュー

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――今声を上げている女性たちに、どんな言葉をかけたいですか?

その勇気を何よりも称えたい。物凄い恐怖を伴う勇気だと思うけれど。自分のためではなく、多くの人たちの自由な社会を目指していて、極めて勇敢な態度と姿勢。

ロシアは強権的な為政者が多く、恐怖の歴史の連なり。スターリン時代の1930年代、特に38〜39年は粛清のピークだったが、その後も反体制的な動きに対して厳しい締めつけがあった。

そうした抑圧の犠牲者が身近にいる人も多いだろう。現在の状況に対して、「ロシア国内から声を上げるべきだ」と安易に非難することはできない。反戦の意思表示をしただけで拘束され、ひどい環境のもとにある人たちがいることを思うと胸が苦しくなる。

そんな中でも声を上げる女たちがいることは(プーチン政権にとって)脅威なのだろう。

自分が何もできないことをもどかしく思うが、ロシア国内にいる人たちがなんとか、絶望に陥ることなく前を向いて、より良い社会を目指して生きていってくれることを祈っている。

沼野教授が「女たちが声を上げた現象」として着目している最近の事例の1つは、ロシアの隣国ベラルーシで2020年の夏から2021年にかけて続いた、大規模な反政権デモだ。
1994年から大統領を務め「欧州最後の独裁者」と呼ばれるアレクサンドル・ルカシェンコ氏は、6期目の再選を目指した2020年の選挙で8割以上の得票を得て圧勝。しかし、選挙戦のさなかに有力な対抗馬を逮捕したり、また票数を操作したとすら言われ、その正当性は広く問われている。
投獄された対抗馬の一人の妻であるスベトラーナ・チハノフスカヤ氏が立候補し、熱狂的な支持を集めた。選挙に勝利したのは、実際はチハノフスカヤ氏だと言われ、この結果に民衆の怒りが噴出。抗議活動は数十万人規模に膨れ上がった。
夫の投獄までは一人の主婦として、子育てや家事に勤しんでいたチハノフスカヤ氏ら3名の女性が象徴的存在となり、無数の一般女性たちをデモに駆り立てた。ルカシェンコ大統領は同年、コロナ禍で世界が対策に追われる中適切な措置を講じようともせず、人々にサウナやウォッカを勧め、また平時と変わらずアイスホッケーやサッカーの試合を開催した。そんなルカシェンコ氏の強権ぶりに、大切な家族を守りたいと女性らが不信を募らせたのも無理はないだろう。
決起した女性たちが白い服に花を持ち、各地で平和行進を行った姿は圧巻だ。しかし、当初は比較的寛容だった治安当局も、女性らに暴力や性的暴行まで加えるなど、激しい弾圧にエスカレートした。チハノフスカヤ氏は自らの投獄などの危険性から、リトアニアに亡命を余儀なくされた。現在は国外から活動を続けるチハノフスカヤ氏だが、あのときベラルーシの女性たちが上げた声は、今はかき消されている。
ロシアの反体制派指導者だったアレクセイ・ナワリヌイ氏の妻ユリアさんは、しばしばチハノフスカヤ氏と比較される。ナワリヌイ氏の死が伝えられた2月16日、二人は独ミュンヘンで開催された安全保障会議の場で会談している。二人の妻たちが抱擁を交わした姿は、それぞれの夫と共に背負った宿命の重さを知るもののみが理解できる空気を醸し出していた。「(ロシアでも)ユリアに協力しようという女性たちが出てきて、妻たちが合流するような連携ができれば大きな力にはなるかもしれない」(沼野教授)。
楠 佳那子 フリー・テレビディレクター

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くすのき かなこ / Kanako Kusunoki

東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中よりアメリカCNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・イギリスWTN、アメリカABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、イギリス・シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画をヨーロッパ地域などで担当。2013年からフリーに。

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