「炎のコバケン」こと指揮者の小林研一郎が4月9日、80歳(傘寿)の誕生日を迎える。すっかりおなじみとなった愛称は、火山の噴火をも思わせる熱量の多い独特のエネルギッシュな指揮ぶりと、そこから生み出される情熱的な音楽に由来する。5歳年上の小澤征爾ともども、日本のクラシック界を牽引してきたこの世代のパワフルさには脱帽だ。
1940年福島県生まれで、9歳のときにラジオで聴いたベートーヴェンの交響曲第9番(通称「第九」)に感動して音楽家を志す。東京藝術大学音楽学部作曲科と指揮科を卒業後、74年の第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで優勝。これが今に至る華々しいキャリアのスタートとなった。
桂冠指揮者を務めるハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団や、名門チェコ・フィルハーモニー管弦楽団など、海外の一流オーケストラを指揮した熱いステージの数々は枚挙にいとまがない。同時に、日本での旺盛な指揮活動にも目を見張るものがある。中でも音楽家を志すきっかけとなった特別な作品「第九」の指揮回数は世界屈指だ。
その小林に、以前インタビューで“記憶力”に関する話を聞いた。「第九」の合唱団との初顔合わせの際、それぞれの名前を聞いた後、バラバラに並ばせて全員の名前を言い当てるのだという。この驚異の記憶力は将棋でもアマチュア最高位の腕前を持つ小林ならではの能力なのだろう。ゴルフでも、一緒にプレーするメンバーの分も含めてスコアカードなどつけたことがないというから畏れ入る。指揮者の記憶力とはかくもすごいものかと感心した印象が強く残る。
傘寿にして止まらず
その取材の中で「田中さん、あなたの声はとても特別です。今からでも遅くないので歌の勉強を始めなさい」と言われたことも忘れられない。褒められたのはとてもうれしかったが、再会した途端に驚異の記憶力で「歌の勉強は進んでいますか?」などと尋ねられるのではないかと、15年後の今もヒヤヒヤだ。
この4月に開催予定だった「マエストロ小林研一郎 80th祝祭演奏会」は、新型コロナウイルスの影響で1年延期となり、ファン待望の“チャイコフスキー交響曲全曲プログラム”は1年先の楽しみと相成った。
傘寿を記念した記者会見で「80歳の階段を上り詰めた者だからこそ見える景色、輝く世界に期待し、オーケストラの皆様方と、これからも新しい光を見いだしていきたい」と語った小林。傘寿にして「炎のコバケン」の快進撃が止まらない。






















無料会員登録はこちら
ログインはこちら