デジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授が語る「学びが止まった国と継続できた国の致命的な差」 ICTがもたらす教育現場の劇的な変化
これらの国々はコロナ禍になったから急に準備を始めたわけではない。それ以前から試行錯誤を繰り返しながら経験を積んでいたからこそ、子どもたちに新たな学びの機会を提供できた。
「そもそもICT教育に熱心だったアメリカやイギリスは言うまでもありませんが、中国では2015年に掲げたインターネットプラスという国家方針のもと、教育分野でのICT活用が進展し、今ではアプリやサービスなど関連産業も大きく成長しています。ヨーロッパではフィンランドの名を見聞きすることが多いと思いますが、スカイプを生んだIT先進国であるエストニアも見逃せません。人口は約130万人。1人ひとりの学習ログを電子カルテのように管理し、国民の学びをデジタルでマネジメントしています。アジアではシンガポール。理想とする社会人像を定義し、そのために必要なスキルと本人とのギャップを埋めていくスキルズフューチャーという職業人教育の仕組みにICTを活用しています。これは、教育を科学する挑戦ともいえるでしょう」
そればかりではない。「イスラエルのリーダーや技術エリートを育成するタルピオットプログラムが注目されていますが、ここにもEdTech が用いられています。そして、ルワンダ。アフリカの奇跡と称賛されるほど経済成長が著しいルワンダでも、子どもたちのタブレット1人1台体制を整え、IT教育を強化しています。私が知る限り、国策として義務教育の児童生徒に1人1台のコンピューターを与えている代表的な国は、ルワンダと日本です」。
もはやEdTechを疑問視する時代ではなく、現実を直視する必要があるだろう。すでに世界の国々では当然のようにICTが教育分野のインフラとして機能している。「1回利用すればやめられなくなるほど利便性や効果が高いことが認識されているのです」と佐藤氏。「例えば、仕事でeメールを使わないという選択肢はありませんよね」。さらに忘れてはならないのは、教員や学習環境が十分ではない地域にこそ、EdTech は大きな恩恵をもたらすということだ。
「重要なことは、EdTechに対する姿勢はその国が人材育成を国家戦略と考えているか否かにかかっているのです。資源がなく国土が小さな国が大国に伍していくためには優秀な人材を育成するしかありません。つまり、EdTechを積極的に導入している国々はすべて人材育成を国家戦略として位置づけているのです」
佐藤氏は強調する。「もっと言えば、その国の課題や意識が、教育のカタチを形成していくのです。しかも、時代ごとに国の置かれている状況や課題も変わっていくでしょう。ならば、教育のカタチも変えていかなくてはなりません。少子高齢化が進む日本も例外ではありません。確かに教育が政治によって歪められた時代もありましたが、EdTechはそれに当たりません」。
「主語を変える」とは

デジタルハリウッド大学大学院 教授
一般社団法人教育イノベーション協議会
代表理事
1992年NTT入社。1999年無料ISPライブドアの立ち上げに参画。2002年デジタルハリウッド執行役員就任。2004年eラーニングシステム開発事業を行うグローナビを立ち上げ代表取締役に就任。2017年一般社団法人教育イノベーション協議会を設立、代表理事に就任。内閣官房教育再生実行会議技術革新WG委員、経済産業省未来の教室とEdTech研究会座長代理などを務める。著書に『EdTechが変える教育の未来』(インプレス)
では、日本でEdTechを導入することによって、何を変えていかなくてはならないのか。
「象徴的に言えることは、“教育”から“学び”に変えていく。主語を変えるのです」。どういうことか。「教育の主語は教える側、つまり、先生や親になりますが、EdTechによって児童生徒が主語となる“学び”の世界に変わるということです。これまで、教員とは教えを請うという関係でしたが、今はインターネットにつながったパソコンが1台あれば、自分の知的欲求を徹底的に満たすことができます。コストもリーズナブルになり、時間や空間の制約を超えて、各自の学習スタイルで学べるようになりました。これまでの教育が一斉授業の教室型なら、今は1人ひとりの学習ペースに合わせて、丁寧に寄り添うこともできる。つまり、学びを個別最適化することにもつながるでしょう」