富士通から教壇、ハーバード教育大学院へ「異色の経歴」を持つ教員のキャリア観 TOEIC940点でも通用しなかった挫折感が原点
――そのような経験をされる中で、なぜ教員になろうと思われたのですか。
日本の学校教育という枠組みの中では、それなりに適応できているつもりでしたが、社会に出た途端に挫折感を味わう。この現実に疑問を感じ、もしかしたら、原因の一端は日本の教育にあるのではないかと思うようになりました。
そして、ベトナム駐在の最後の日に、何かやり残したことはないかと考えたときに思いついたのが、「ベトナムの教育訓練省(日本の文部科学省にあたる)を訪問して教育の実態を聞いてみよう」ということだったんです。そのときに、自身の関心は教育分野にあることを再認識するとともに、教育を少しでもよくするために自分ができることに挑みたいと強く思いました。その結果、教職の道へ進む決意が自然と固まりました。

現地の教育訓練省では、ベトナムと日本の英語教育について、とくに学生のスピーキング力の違いを中心に意見交換をしました。その結果、分かったのは、ベトナムの学生は「自分たちの国をよくしたい」という思いを持ち、英語を社会に出た後のビジネスツールや武器として捉えているため、英語に対する取り組み方が日本の学生とは根本的に違うということです。
日本の学生にも動機づけの観点から、入試だけに捉われない目的意識を持った英語学習を促すにはどうすればよいかという視点を得たことが、その後の教員生活につながっていきました。
生徒に伝えたいのは、「知識」よりも「学び方」
――地元の長崎県で公立高校の教員になられてからは、授業でどのようなことを伝えていらっしゃいますか。
外国語を学ぶことの重要性をつねに伝えてきました。例としてよく話していたのが、ベトナム駐在時のエピソードです。
私は現地の生活を知りたくて、会社が用意してくれた住まいではなく、現地の人が住むアパートに暮らしていたのですが、すぐに住民からの嫌がらせが始まりました。ドアを開けると3人の若者から生卵を投げつけられることが数日間続いたので、ある日、ベトナム語で「どうせ卵を投げるなら、せめてゆでてくれ」と頼んでみたんです。すると翌日、きちんと殻を剥いたゆで卵が飛んできました(笑)。
現地の言葉でコミュニケーションを取ることで、こちらの思いが伝わり、相手も心を開いてくれるようになる。それくらい、言葉って大切なものなんですよね。卵を投げつけてきた彼らとはその後、仲良くなり、今でも友人関係が続いています。こういった体験談を伝えることで、生徒に外国語を学ぶことの意味を分かってもらえたらという思いがあります。
――英語の授業で工夫していることはありますか。
生徒たちには英語の知識以上に学び方そのものを身につけてほしいので、同じ授業をルーティン化しないようにしています。教科書の内容を自分の言葉で要約してから意見を述べるリテリングや、ChatGPTを活用した英文添削やスピーキング練習を取り入れるなど、授業ごとに違った角度から英語にアプローチできるようにしています。生徒から「今日の授業は何をするんですか」と何気なく聞かれると、授業の繰り返しを避けるという意図がマンネリ化を防ぎ新鮮な気持ちで授業に臨んでくれることにつながっているのかなと感じます。
――教員の仕事に民間企業での経験が生きていると感じることはありますか。
自分が海外勤務で味わった悔しさや挫折を、次の世代の子どもたちに感じさせたくないという思いが、授業を形づくっていくうえでの指針になっています。また、他部門や他社との共同プロジェクトを実施してきた経験から、企業や自治体などと連携した越境的なつながりを楽しめること、プリセールスを通して身につけた手段と目的を切り分ける思考も、教員生活の中で生かされています。
ChatGPTを家庭教師としてハーバード教育大学院に合格
――2025年秋からはハーバード教育大学院への1年間の留学を予定されています。なぜ留学を考えられたのでしょうか。