神田前財務官「国益を背負うトレーダー」として 【前編】円安阻止の「為替介入」舞台裏を語る

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――2021年に財務官に就任し、いつごろから為替介入を意識したのか。

神田 当初はコロナ後のアメリカのインフレについて、「短期的なものだから心配ない」という人が多かった。だが、私は長年、マーケットを見てきた経験からやはり危険なのではないかと感じていた。

コロナ禍を経たペントアップデマンド(買い控え需要)、財政支援による過剰貯蓄、そして、サプライチェーンの分断、いずれもインフレ要因だ。インフレに対してアメリカが金利を上げるのが遅れて、急速な引き上げとなると、過去のように資本流出や債務問題から国際金融危機にならないか、また、為替といったマーケットが不安定になるのではないかというリスクを認識していた。

日本は小さい開放経済だから、主要国が金融政策を変えた時の影響は大きい。そのリスクに身構え、国民経済を守るため、あらゆる政策手段を当初から意識し、マーケットの動向を絶えず監視していた。そして、介入しなければならないような時に備えた。

というのも、先進国は為替介入をしてはいけないという国際的なノルム(規範)ができていた。日本は2011年の円売り介入以降、10年以上介入していなかった。円買い介入に至っては20年以上やっていない。先進国はスイスを除いて介入していないのではないか。

だから主要国や国際機関との信頼関係を維持、強化するなかで、1年以上をかけて国際的な理解の促進に努めたうえで動いた。

市場が動くたび神田財務官(当時)の発言は注目された(写真:Bloomberg)

ただ、くどいようだが、それこそロシアによるウクライナ侵略の影響など、もっと広い文脈で毎日のように議論してきており、介入だけを取り出して議論したことはほとんどない。

「介入はNG」の国際世論を動かす

――自国の輸出競争力を高める通貨安誘導ではなく、通貨防衛の介入であれば許されるという議論もあるのでは。

神田 介入はどちらの方向でも悪というのが当時の基本的な潮流であり、通貨防衛は円買いの財源から難易度がより高いからやめておけ、というのが全体的な雰囲気だった。なので、実はそれも、今回の国際交渉においては、介入を正当化するロジックとして私が始めた議論だ。

実際、国際社会では、為替介入は自国通貨売り・自国通貨買いどちらの方向もやるべきではないという考えがアメリカやIMFを中心に根強かった。変動相場制度だから市場に任せなければならない、と。

理論的には正しい。資本移動の自由と独立した金融政策を維持したいのなら、為替は自由に変動させなければならないというのが「国際金融のトリレンマ」(*1国の通貨政策が為替相場の安定、金融政策の独立性、国際的な資本移動の自由の3つを満たすことはできず、1つはあきらめなければならないという説)だ。

財務官として、各国金融当局の実務責任者たちとは毎日のように連絡をとりあっていた。コロナ渦を経て、気軽にオンラインでやりとりするようになったのは大きい。テーマはパンデミック対応からマクロ経済運営、国際租税交渉と多岐にわたる。為替介入だけで連絡する必要はまったくなく、シリコンバレーバンク破綻からハマスのイスラエル攻撃まで、毎日、実にいろんなことが起こった。

そのような日々のやりとりの中で、あるいは国際会議で顔を合わせた時に、各国の金融当局や国際機関のトップ、幹部の方々に対して、「マーケットの動きにリスクがあるから、必要な行動をとらなければならない場合がある」と私の問題意識を伝えた。

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