ここ1年、人工知能(AI)をめぐる議論がかまびすしい。だが、あまりにも小さな関心しか向けられていない論点が1つある。企業の責任だ。
企業責任担当の初代副社長として私がナイキに加わったのは、1998年。当時、ナイキは途上国での労働搾取を象徴する存在として社会的な批判の対象となっており、超グローバル化時代における最大級の企業危機の渦中に飛び込む形となった。こうした危機に対応し、ナイキで企業責任を打ち立てる取り組みを通じて苦労して学んだ教訓は、AI革命に対処しようとしている現在の私たちにとっても参考になるだろう。
当時との大きな違いは、90年代後半に発生したナイキ問題のドラマが比較的ゆっくりと進行したのに対し、AIの問題ではそこまでの時間的余裕はないということだ。生成AIは昨年の終盤、稲妻が走るように私たちの集団意識に入ってきた。以来、私たちはその意味を理解しようともがいている。
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