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月日は忘れるためにあるともいう。
3.11の惨事を記憶から消し去りたい人は少なくない。
だが、やはり忘れてはいけないこともあると思う。
あの震災が教えてくれたもの。
それは、語り残すべき教訓であり、同時に、無念のうちに亡くなった命へのレクイエム(鎮魂歌)でもある。
震災の2日後、私は仙台市の荒浜に立っていた。
海岸線から2キロメートルは自衛隊と報道しか入れない。そこに足を踏み入れて、思わず立ちすくんだ。
すべてが流されている。
黒い津波が到来し、すべてを巻き込んで引いていった大地。まるで爆撃をうけたような荒野に、いくつかの樹木と家屋が残っているだけだった。
土砂で田舎道のようになった道路を、自衛隊車両が砂煙を上げて行き交う。海岸に打ち上がってきた死体を乗せて。
ぬかるみに足をとられながら、家屋があったであろう場所を彷徨(さまよ)い、シャッターを切る。土砂にまみれて人形やスリッパが散乱する。
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