受験のための学びを脱し、公立小中学校でこそ「探究」に注力すべき理由 市教委が学校を全力サポートする埼玉県幸手市

ゴミ捨て禁止の看板も…「どんなこともテーマになる」
教員の丁寧な指導は、ときとして子どもの主体性を奪ってしまう、と奥澤氏は語る。自ら考える主体的な姿勢は、幸手市が考える探究においても欠かせないものだ。
例えば、先日は小学5年生を対象に「教えないデジタル・シティズンシップ講座」を実施した。まずこの時間で考えるべきミッションを明らかにした後、スマホやSNSに依存する子どもを題材にしたアニメーション動画を見せる。上映時間は2分程度で、その後に子ども同士での話し合いや、自ら考えるための時間を多く取った。この動画に自分ならどんなタイトルをつけるかを聞いたところ、ある子どもは「ライク&リアリティー」と答えたという。SNSの「いいね」と現実を対にして捉えているという、現代らしい価値観がうかがえる答えだ。奥澤氏は「その児童は『現実』を表す英単語がわからなかったようで、その場で自分のタブレットで調べていました。必要に応じた正しい端末利用の経験にもなっていると思います」と続ける。
次はこの講座を中学生向けにアレンジして、生徒自らが小学生に教える立場となって、実際に授業をしてもらうような機会をつくろうと企画している。
「中学生ぐらいになると、こうした内容は『説教くさいな』などと敬遠されがちです。しかし自分が教える立場になると、きっとその感覚は一変する。生徒に自然と当事者意識を持たせ、課題に気づかせることもできるでしょう」(奥澤氏)
教員の「ワクワク感」同様、やはり重視するのは子ども自身がワクワクすることだ。上記の取り組みも、動画を長く見せたり、教員が狙う感想に誘導したりすると、子どもたちは飽きてしまうだろう。アドバイザーとして指導に当たる前出の大西氏も「どんなことでもテーマにできる」と言い、こんな例を挙げた。
「幸手市は自然豊かな土地ですが、田んぼや畑への不法投棄も多くあります。子どもたちは日々の暮らしの中で『ゴミ捨て禁止』という看板を多く目にしていますが、多くが素通りして終わっている。それを教員が『あの看板があるのに、なぜゴミを捨てる人がいなくならないんだろう?』という問いにできれば、それは一気にワクワクする課題に変わるのです」
禁止の呼びかけとそれが守られないことは、旧来のインターネットや端末利用抑止の教育とも似ている。主体的な学びの姿勢が身に付けば、「ゴミ捨て禁止」の看板とゴミの姿からでさえ、子どもたちは多くのことを得るだろう。
受験のための「学力」を脱し、公立校でこそ探究学習を
PBLや充実した探究学習は、私立校が公立校に先駆けて取り組み、学校の特徴としてアピールしてきたものだ。公立校でこうした学びがなかなか広がらない要因を、奥澤氏はいくつか推測する。
「やはり第一に教員の激務が挙げられます。働き方改革も叫ばれていますが、多忙の中でこれまでになかったことを模索するのは非常に難しいし、抵抗感があるのだと思います」
また、とくに中学校においては、教員の努力だけでは変えられない点もあると指摘する。それは高校受験の存在だ。