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オイシックスドット大地 社長 高島宏平 起業家の子ども時代「出る杭を育てる」 最終回

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病身で対峙した「2人の自分」

普段は凛とした表情の宏平が、子ども時代について問うと、少し伏し目がちにゆっくりと話しだした。「子どもの頃はぜんそくとの闘いでした。呼吸できない苦しみは悶絶するほどつらい。“死”はいつも身近に感じていましたね」。

精力的に事業を拡大してきた敏腕起業家の姿からは想像できない言葉だった。ぜんそくが収まったのはほんの数年前という。

「病弱だったので、親はどんなふうに育ってほしいというより、まずは元気でさえいてくれればいい、という思いだったはずです」

宏平は1973年、神奈川県で生まれた。大手通信会社に勤務する父、専業主婦の母、2歳下の妹との4人家族。最終的に副社長に就任した父は転勤が多く、宏平は幼稚園で2回、小学校で3回転校している。転校は、幼い宏平の心に大きな影響を及ぼした。

幼稚園時代に大阪に引っ越した際、先生の話す大阪弁を理解できず、指示どおり行動できなくてしかられた。小学校では体が弱く学校を休みがちなのに成績がよく、いじめの対象にもなったという。

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