特別寄稿
哲学、美学がない企業に未来はなし
石井 裕 MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ 副所長
価値観の衝突が
アイディアの次元を上げる
新しいアイディアを生み出すための、私の研究プロセスについてご紹介しよう。まず出発点は、独創的な視点・視座を確立すること。新しいアイディアは、虚空からは生まれない。常に既存のアイディアを新しい視点から組み合わせることにより、新しい価値を生み出すことができる。
自分の関心空間の価値体系と視座を確固たるものにすることにより、膨大な情報の海から大切な関連情報を集めるための知的ネットを張り巡らせることができる。そして私は、そのネットに吸い付いてくる情報を、Evernote を活用してクラウド上に検索可能な形で数万件アーカイブしている。ここで大事なことは、情報収集戦略の根幹となる価値体系とビジョンを若いうちに築き上げられるかどうかだと思う。
次に、集めた素材情報のなかから新しいアイディアに結び付く、良質な情報をえりすぐるステップに入るが、このフィルタリングのスピードが大切である。さらにわれわれは非常に数多くのアイディアを短時間に生み出すが、そのうちの95%は、残念ながら結局ゴミであることが判明する。ゴミを高速にえり分け捨てながら、残る5%の「ダイヤモンドの原石」が含まれているアイディアにすべてのエネルギーを集中させることが肝要だ。
そして、ダイヤの原石が含まれていることを確認したら、そのアイディアに対して、「Why? So What? Who Care?」という問いを徹底的に投げかけ、アイディアを磨く。「なぜ?」という本質を突く問いの連射に耐えられないアイディアは、捨てる。
こうしたアイディアの研磨は、多様な価値観と視点を持つメンバーからなる学際チームで徹底的に議論を重ねながら進めることが有効である。このプロセスのなかでは、頻繁にお互いの意見や見方が対立する。異なる価値観のパラダイムが衝突し、知のコンフリクトが生じる。実は、この衝突こそがオポチュニティ(絶好の機会)なのだ。異なる視点、異なる価値観がぶつかるからこそ、より高い地平へのジャンプ、すなわち「アウフヘーベン」(止揚)が起きうる。私たちは常に異なる価値観をぶつけ合いながらアイディアを磨き、切磋琢磨しながらより大きなパラダイムへと育て上げるべく、日々研究を続けている。
議論を進める際には、意見の衝突を恐れてはいけない。飛躍の機会としての衝突を積極的に起こすくらいの気持ちと、建設的批判を前向きに受け入れる柔軟性を持たなければ、アウフヘーベンは起こらないのだ。