特別寄稿
哲学、美学がない企業に未来はなし
石井 裕 MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ 副所長
日本企業が「more is better」の発想にとらわれ、機能項目数のような数字で表せるスペック拡充競争に走るのは、独自の哲学、美学を確立しえていないことに起因していると考える。
一方で、ICT業界で一人勝ちしているアップル、アマゾン、グーグル、フェイスブックなどの米国発のグローバル企業は皆、戦略こそ違っても、その根幹に強い独自の哲学、美学を持ち合わせている。だから日本企業は今、劣勢に立たされている。ハードウェア品質や機能スペックばかりを追いかけるあまり、情報エコシステムのUX(User Experience) の世界においてのブランドを築けず 、ハードウェア製品の多くはコモディティ化してしまい、アジアの他国にリードを奪われてしまった。
日本企業は、自分たちの強みを知り、それを徹底的に磨き、戦略化することが必要だ。桂離宮に代表されるような日本の奥深い美学も、「シンプリシティ」の1つだろう。もちろん、それを現代向けに翻訳する力が必要になる。たとえば、かつてソニーが録音機能をそぎ落とし、再生機能に絞り込んだ「ウォークマン」を生み出したのも、引き算の思想の賜物だといえる。また、ツイッターが「140字」と文字数を制限したのも、引き算の発想である。ツイッターの思想には、俳句や短歌の凝縮表現文化に通じるものを感じる。
もう1つ加えるなら、トライ&エラーを高速で繰り返すことが今後ますます重要となるだろう。人間は初めから完成度の高いものなど生み出すことはできない。革新的製品であればこそ、まだ生まれていないマーケットの存在を確信できないというジレンマもある。それでも、リスクを取ってまず形にし、世界を相手にベータ・テストしてみること。すぐに成果が上がる保証はどこにもないが、トライ&エラーの高速修正の繰り返しなくして、イノベーティブな製品、サービスは決して育たない。
なお、「世界を相手にテストする」際、東京やニューヨーク、ロンドンといったメガシティにばかり気を取られていてはいけない。メガシティがある一方、その対極としての世界には広大な発展途上の地域がある。いまだ電気もネットも通じていない地域が世界には存在する。これからは、世界視点なしに不均一なグローバル市場で戦うことはできないだろう。