今回の解散・総選挙はサプライズと混乱に終始したが、もともとは安倍晋三首相が「消費増税による税収の使途変更について民意を問う」として行われたものだった。首相に対し「さらなる財政規律の弛緩」という批判が聞かれるが、筆者の見方はやや違う。
第一に、この批判は建前論によるものだろう。しかし、2020年度のプライマリーバランス黒字化が無理なことは誰もが知っていたし、識者の多くは「19年の増税もまた先送りされる」と見ていたのではないか。この本音と比べれば、増税断行を約束しただけマシだと筆者は考える(ただ、首相が「リーマンショック並み」の逃げ道を残した点は、16年に見送りをした前例があるだけに心配ではある)。
第二は14年4月の反省だ。このとき、税収増の大部分が財政再建に充てられた。「財源の裏付けなく社会保障給付の増大が進んできたのだから、まずは借金返済を優先」という論理はわからなくはない。しかし増税が行われても、そのメリットが何も感じられなかったため、国民が増税への反発を強めたのではないか。その結果、増税自体が進まなくなってしまうのであれば本末転倒である。
第三に、小泉進次郎氏らが従来訴えていた「これまで高齢者福祉に偏ってきた日本の社会保障を全世代型に変えていく」という主張は正論である。高齢者福祉はすでに現実となった超高齢社会への適応として不可避だが、長い目で見て人口減少そのものを食い止めていくには、子育て世代への支援が不可欠だからだ。
だが、消費増税による税収の使い道だけを議論するのではあまりにも無責任である。もともと、高齢者福祉中心の現行社会保障制度を維持するだけでも消費税率10%では明らかに不十分だった(経済学者・エコノミストの相場観では20%以上が必要)。マクロ経済スライドの導入で公的年金の持続可能性は高まったが、このままでは低年金世帯の収入は生活保護水準を下回ってしまう。数年後に団塊世代が後期高齢者(75歳以上)になることに備えるには、待遇改善を進めて介護職員を増やすことが急務となる。
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