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「愛」という経営理念の下に
グローバル戦略を展開する 山下 茂(ピジョン株式会社代表取締役社長)

中国への進出を成功させ、2015年からはインドで工場を稼働させるなど積極的に海外進出を進めるピジョン。海外事業を軌道に乗せる独自の戦略を、山下茂社長にうかがった。

インタビュアー:
キャメル・ヤマモト(デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター)

万国共通の「人が人を大切にする心」

キャメル・ヤマモト(以下、キャメル)ピジョンは「日本企業の良さ」を生かした形でグローバル化に成功していると認識しています。経営理念も、非常に大事にしていらっしゃいますね。

山下 茂
1958年東京都生まれ。立教大学社会学部卒業。81年ピジョン入社。執行役員海外事業本部長、取締役海外事業本部長、常務取締役人事総務本部兼海外事業本部兼中国事業本部担当、取締役常務執行役員海外事業本部担当などを経て2013年4月から現職。

山下茂(以下、山下)今年でピジョンは58期目を迎えました。私は5代目の社長になりますが、創業者である初代社長の仲田祐一(故人)は終戦間際に召集され、満州と当時のソ連国境のあたりに従軍してシベリアに抑留されました。多くの捕虜の人たちが亡くなるなか、何とか生きて日本に戻ってきたそうです。そして「日本の将来にいちばん大事なものは赤ちゃんだ」と考え、哺乳びんや乳首といった、いちばん命にかかわる部分の仕事をしようと創業したと聞いています。

その後、1980年代に「愛」を経営理念としたのが2代目の社長、現在、最高顧問を務める仲田洋一で、社是も「愛を生むは愛のみ」と定めました。

キャメル経営理念が「愛」というのは、大変ユニークですね。

山下そうだと思います。そして私が2013年に社長になって最初に取りかかった仕事が、この経営理念や社是を広く国内外の社員に浸透させることでした。というのも「愛」という経営理念が意味するものが何か、特に海外の社員には理解されにくかったからです。この10年ほど海外展開が急速に進み、海外の売り上げが占める割合が大きくなりましたが、海外の子会社やグループ企業の社員に「経営理念は“love”だ」と直訳で伝えても、皆変な顔をするのです。「愛が事業にどうつながるのか、わからない」と。また、日本人にも、「愛」という言葉は理解できても、経営理念として真意を理解しきれていない方がいるかもしれない。

そこであらためて、ピジョンが考える「愛」とは、「人が人を大切にする心」だと、日本国内でもグローバルでも理解しやすいよう、仲田洋一最高顧問の当時の言葉をもとに再定義することにしたのです。お母さんやお父さんが、かわいいわが子を大切に思うように、見返りを求めない愛の心。赤ちゃん、お母さん、あるいは手助けが必要な高齢者の方々に、そうした「愛」のこもった製品やサービスを提供すること。それがピジョンの業務遂行上の原点であるということを「Pigeon Way」として日本語と英語でまとめました。

キャメルそれをどのようにしてピジョンに浸透させたのですか。

山下国内はもちろんですが、海外の拠点にも行って私が説明をしました。理念はトップが自分の言葉で直接伝え、各人の理解の度合いを確認したいと思ったからです。また海外では現地で「DNAアンバサダー」を任命し、彼らにPigeon Wayの伝道師になってもらっています。

キャメルPigeon Wayは、海外の社員の方々にも真摯に受け止められているようですね。

山下ええ。Pigeon Wayは海外の従業員も「共感できる」と言ってくれています。

「生産ありき」のモデルをとらず、ターゲットを絞る

キャメル御社の業績は海外事業の拡大とともに順調に伸びています。海外事業がうまくいったキーファクターは何だと思われますか。

山下ピジョンの海外進出は比較的早く、1970年代末からドイツや米国、パナマ、チリなど積極的に事業を進めていました。しかしその頃は事業を成功させるまでには至りませんでした。私は入社後すぐに海外部に配属され、海外営業を担当していたのですが、国内営業の先輩に「海外はあくせくやらなくても大丈夫。われわれがいるから」と言われ続けて、悔しかったですね(笑)。

キャメルなぜその頃、本格的な海外進出ができなかったのですか。

山下国内を中心に考えられていたからです。経営資源の配分も海外事業は優先順位が低かった。あと、急速な円高が進むなかで、日本製の商品を輸出しにくくなったという環境変化もあります。

キャメル1980年代の、プラザ合意の頃ですね。

山下ピジョンはもともとメーカーではなく、マーケティングと開発の会社です。当時、日本の協力メーカーさんに生産をお願いしていたのですが、円高の影響を受け、海外での売り上げを伸ばしにくい状況に直面していました。ただ、今思えばこの期間は準備期間であり、われわれの海外展開モデルをつくる期間だったと思います。

キャメル海外展開モデルについてもマーケティングと開発がポイントだと思われるのですが、まずマーケティングについてお聞かせください。

山下「最初に生産ありき」というモデル、つまり、まず生産工場の投資を行い、その後に販売網やブランドを手に入れるというモデルで海外展開している会社もあります。実際にこのモデルで、どんどん海外の売り上げを上げている会社もあります。しかし一度海外展開で失敗している私たちは、あえてこのモデルをとりませんでした。われわれはまず、ブランドと流通網を新規の市場でつくり上げるということを地道にやっていきました。ある程度販売の基盤ができてから現地で内製化するほうが、投資効率も良くなり、営業利益やフリー・キャッシュ・フローの拡大につながるからです。このモデルがうまくいき、徐々に海外事業への自信が育まれてきました。

キャメルなかでも独資で進出した中国での成功は素晴らしいですね。

山下2002年に中国に独資で進出したことは、海外展開の大きな転機となりました。ここでもまず、販売網や代理店網をつくることから始めました。それまで海外展開では現地の代理店さんにすべてお願いして販売してもらっていたのですが、やりたいことがなかなかできない状況でした。しかし、中国では自分たちで販売網をつくり上げ、苦労しながらも2年目には黒字化しました。ブランドも、メディアを大々的に使うことをせず、われわれの独自のやり方で築き上げていきました。こうしたモデルは時間がかかりますが、まねをされにくいというメリットがあります。

こうして売り上げが上がり、黒字化したときに、生産工場を2つつくったのです。現地生産が始まると、売り上げが変わらなくても利益分が加算されます。その結果、中国の事業は20%台後半の営業利益率が稼げるようになりました。

キャメル多くの日本企業が海外進出に悩んでいるなかにあって、例外的なモデルですね。

山下中国展開で成功したもう1つの理由として、欲張らずにターゲットを絞ったことも挙げられます。対象顧客を富裕層のトップ20%に絞ったのです。価格は安くなく、現在の為替だと日本の価格より若干高いくらいです。その価格でも通用するのは一人っ子政策によるところもありますが、中国のこの層の方たちは、子どもに使うお金の額は全然気にしません。高くても安心安全な製品を購入したいのです。だから私たちも、むやみに拡大路線をとらず、こうした層をとりこぼさないことに注力し、中国での展開を進めました。

キャメルターゲットを絞ったのは中国進出の成功要因として大きいようですね。

山下最初は20%だったこの層も、今では30~40%に拡大していますからね。今後はこの成功モデルをどうやってインドやブラジルなどほかの国に展開していくかが課題になります。ただ、やはり中国とブラジルやインドは全然事情が違います。たとえばインドはお金持ちの半分以上が地方に住んでいますし、販売網は中国に比べて圧倒的に未整備です。海外展開は、ある国で成功モデルができたとしても、そのままほかの国には適用できません。やはり価格的にも商品の仕様的にも、その国向けに変えていかないと成功はしない。そのことに気づくのにインドで事業を始めてから3年ほどかかりました。

開発力を磨き、ドメインに注力する

キャメル高い開発力も、海外展開を進めていく上で強みとなっているようですね。

山下前社長の大越昭夫も「わが社のコアコンピタンスは開発だ」と言い続けたのですが、私もそのとおりだと思います。開発では特に、お客様の課題、問題に対するソリューションを提供する「基礎研究」に力を入れています。

たとえば哺乳びん、乳首の最も大きなハードルが乳頭混乱(ニップルコンフュージョン)です。赤ちゃんが哺乳びんや乳首を受けつけなかったり、反対に哺乳びんに慣れてお母さんのおっぱいを受けつけなくなるといった問題です。これを起こりにくくするにはどうしたらいいのかをわれわれは科学的に明らかにしてきました。それらの研究成果として「哺乳三原則」を確立したのですが、こんなことをやっている企業はほかにはなく、私たちの哺乳びん、乳首についてはグローバルに見ても強いと思います。

さらに行動観察にも力を入れているのも大きな特徴です。商品を使っているときの消費者の行動をわが社の研究員が見せていただくことでソリューションや新しい価値を提供できるきっかけを見つけようというものです。やはり、机の上で製品開発はできません。現場を見ないと、わからない。

あとはデザイン。合理的かつシンプルに「愛」を形にすることに相当こだわっています。これも重要な開発力の1つです。

キャメルそうした開発は哺乳びんに限らず、あらゆるプロダクトで行われているのですか。

山下介護事業のおむつなども含め、幅広い商品について徹底的にやっています。こうした活動を続けることで開発力を磨き、会社としての強みの源泉にしたいと思っています。

グローバル競争で勝つために必要なGHOとSBU

キャメル・ヤマモト(Camel Yamamoto)
組織・人材面で日本企業のグローバル化を支援するリサーチおよびコンサルティングに従事。特に、日系方式と外資方式が本格的にミックスする「まだら模様のグローバル化」について研究中。「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー・オンライン」および日経ビジネスオンラインで記事を連載中。主な著書に『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著、日本経済新聞出版社)、『グローバル人材マネジメント論』(東洋経済新報社)などがある。グローバル マネジメント インスティテュート(GMI)パートナー。

キャメル中国やアジアは独資の形で展開されていますが、一方欧米については買収という形で進めていらっしゃいます。こうした地域にあわせた使い分けについて、手法や方針をお聞かせいただけますか。

山下基本は合弁ではなくて独資でやっていくほうが私は好きです。ただ、時と場合によっては「時間をお金で買う」ことが必要な場合もあります。商品を買う場合もありますし、ブランドや販路を買うこともあります。たとえば米国は販売体制がセールス・レップ(社外の販売代理人)で出来上がっているので、いいレップをつかんでいる会社を買収してわれわれの拠点としたほうが早い。それで2004年に米国でLansinoh Laboratories Inc.をグループ化しました。順番としては最初に独資を検討しますが、時間がかかりすぎたり、リスクが大きいときには買収を検討します。

ただし、買収しても思うとおりにその企業が動いてくれるとは限りません。GEのように買収した企業の文化やルールをすべてGEのものに書き換えるようなことはピジョンにはできないからです。もちろん、好き勝手にやらせるわけにもいかないので、どこかで折り合いをつける必要があります。そのためにも重要なことは、日本のトップと現地のトップのフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションで、双方が納得し、「腑に落とす」ことです。

キャメルグローバル展開全体の統括については、どのようにお考えですか。

山下第5次の中期経営計画が今年から始まりましたが、スローガンを今回、最初から英語でつくりました。“Pursuing world class business excellence, think globally, plan agilely, and implement locally.”というものです。

われわれが求めるのは「ワールドクラスの優れた経営品質」です。そのためには2つ必要なものがあります。まず1つは、今よりも強いグローバル・ヘッド・オフィス(GHO)をつくり、地球を俯瞰して経営資源を配分していく機能が必要です。もう1 つは、各地域にストラテジック・ビジネス・ユニット(SBU)をつくることです。そして、できる限り権限を移譲し、彼らに素早く判断をさせていこうと考えています。今は、シンガポール、中国、米国、日本に拠点がありますが、今後、もう少し増えるでしょう。この2つが根づいたときにピジョンは、本当にグローバルに勝負ができる会社になると考えています。

キャメルそのGHOには将来的に、外国人の方も多く入ってくるのでしょうか。

山下グローバル人材を日本人だけでまかなおうとしても全然足りません。当然人事もグローバルになっていくでしょう。実際、現在の中国の販売会社の社長は中国人女性ですし、米国子会社のCEOは英国人男性です。また、東南アジアの工場で工場長やマネジャーをやっていた人が新興国の立ち上げで現地に赴任するようなことも今後起きると思います。

そして、こうした人事を進めていくにはグローバルな人事制度が必要になります。日本の会社が現在取り組んでいる課題の1つですが、3年間である程度たてつけをつくる計画です。もちろん、単にほかのグローバルカンパニーの制度をまねるのではなく、日本発のグローバルカンパニーとして海外にも通じる制度をつくるつもりです。

キャメルその制度がいずれ、日本人にも外国人にも等しく適用されるということですね。

山下実際には、日本の社員に対しては、この制度の適用は最後になると思います。年齢給制度がネックになるのです。海外では年齢給という考え方はなく、グローバル人事制度にも入りません。しかし年齢給制度を日本でいきなりなくすことは難しいと感じています。このあたりはもう少し時間が必要ですね。

グローバル人材に求められる心・技・体

キャメルグローバルに事業を展開していく上で、御社に求められる人材像についてはいかがでしょうか。

山下グローバル人材の育成はずっと考えているところですが、わかりやすくするために、心・技・体に分けて考えています。

「心」はやはり、柔らかくあるべきです。海外に出るということは、その瞬間からストレス環境に置かれることです。気持ちが前向きで、興味がさまざまなことにわたっている心が求められます。自分の考え方ややり方と異なったこと、変わったことをそのまま受け入れ、「どうしてなのかな」と考える気持ちの余裕がある人ですね。

次に「技」ですが、一言でいえばコミュニケーション能力が求められます。といっても、英語力を高めれば済むということではありません。大事なのは、各種フレームワーク、分析力、論理的思考力などビジネスの共通言語を駆使した、「伝える力」です。

そして最後が「体」力。たとえばブラジルに出張するとなると、10時間かけて米国に行って、そこで1つ仕事をこなしてから、夜の飛行機でブラジルに発つといったことになります。成功するまであきらめず、走り続ける体力はかなり大切でしょう。

この3つは、グローバル人材に最低限必要なことだと思います。

キャメルでは、「グローバルリーダー」に求められるものは何でしょうか。

山下「人間力」「リーダーシップ」、そして「センス」でしょうか。人間力については最終的には修羅場をどれだけ経験しているかです。自分の利益が他人の不利益になるような状況で、本当にとことん苦労して失敗して、少しだけ成功して、といった繰り返しのなかで、リーダーとしての資質はつくられていくものです。そうした修羅場をくぐるために、海外に出て行ってさまざまな体験をするのもいいでしょう。海外に限らず営業の最前線にも修羅場があります。20代の若い社員でも5年もしたら修羅場のかけらの経験はするようになる。ですから、若い人たちに言っているのは「修羅場から逃げるな」ということです。失敗してもいい。転んでも必ず立ち上がればいいんだと伝えています。

リーダーシップは、そんなに難しく考えなくてもいいんです。メンバーに対して目標をきちんと説明し、経営資源が足りなければ補充し、プライオリティを決め、やり方を示し、一緒にやってほしいとコミュニケーションがとれればいい。意識してやれば誰でもリーダーになれます。

そして、若い社員にはよく「子会社の社長にチャレンジしてほしい」と言っています。私自身、初めて社長になったのは39歳のことで、タイの子会社でしたが、ビジネスパーソンとしての人生が変わりました。それまでは一営業マンだった私にとってはまったく新しいミッションだったので、相当苦労しました。会社が単年度黒字化するまでの間、地面を這いつくばるような、いちばん仕事をした3年間でした。しかし、その経験から磨かれた「センス」は何ものにも代え難いものです。ピジョンは少数精鋭なので、ちょっとがんばれば子会社の社長になるチャンスは決して少なくありません。部長から子会社の社長を経験して、また違うポジションになるといったパスを多くの若い社員に通ってもらいたいです。30 代後半くらいで十分務まると思います。

キャメル最後に、今後グローバル展開を進めていく上で大事にしていこうと思っていることがあれば、お聞かせください。

山下ピジョンのドメインから外れた領域まで事業を拡大することは、私が社長をやっている間はないでしょう。たとえば米国では量販店をほとんどカバーしているので、同じレップが使えるのであれば、ベビー用品といったドメインから外れた商品の販売もできます。しかし、われわれのドメインは赤ちゃん、あるいはお母さんなので、そこを崩すことはたとえ利益が上がったとしてもやりません。このことも米国子会社の人間とよく意見がぶつかるところで、不器用に思われることもありますが、これがわれわれのやり方だと思います。

ピジョンの哺乳びん、乳首の日本国内でのバリューシェアは85%です。海外でこんなに高いシェアを占めている国はまだありません。欧米ではやっと今年から哺乳びん、乳首の販売が始まったところです。つまり、われわれのいちばん強い製品でさえも、海外では伸びる余地があるわけです。われわれのドメインの成長空間はまだまだ広いのです。

(photo: Hideji Umetani)

【企業情報】
ピジョン株式会社
1957年設立。本社東京都中央区。社員:3592人(2014年7月末現在)。育児用品の国内トップブランド。哺乳びんの国内シェアは8割。ベビーのノウハウを生かし、介護製品も手掛ける。中国、北米でも攻勢をかける。