「愛」という経営理念の下に
グローバル戦略を展開する
山下 茂(ピジョン株式会社代表取締役社長)
われわれが求めるのは「ワールドクラスの優れた経営品質」です。そのためには2つ必要なものがあります。まず1つは、今よりも強いグローバル・ヘッド・オフィス(GHO)をつくり、地球を俯瞰して経営資源を配分していく機能が必要です。もう1 つは、各地域にストラテジック・ビジネス・ユニット(SBU)をつくることです。そして、できる限り権限を移譲し、彼らに素早く判断をさせていこうと考えています。今は、シンガポール、中国、米国、日本に拠点がありますが、今後、もう少し増えるでしょう。この2つが根づいたときにピジョンは、本当にグローバルに勝負ができる会社になると考えています。
キャメル そのGHOには将来的に、外国人の方も多く入ってくるのでしょうか。
山下 グローバル人材を日本人だけでまかなおうとしても全然足りません。当然人事もグローバルになっていくでしょう。実際、現在の中国の販売会社の社長は中国人女性ですし、米国子会社のCEOは英国人男性です。また、東南アジアの工場で工場長やマネジャーをやっていた人が新興国の立ち上げで現地に赴任するようなことも今後起きると思います。
そして、こうした人事を進めていくにはグローバルな人事制度が必要になります。日本の会社が現在取り組んでいる課題の1つですが、3年間である程度たてつけをつくる計画です。もちろん、単にほかのグローバルカンパニーの制度をまねるのではなく、日本発のグローバルカンパニーとして海外にも通じる制度をつくるつもりです。
キャメル その制度がいずれ、日本人にも外国人にも等しく適用されるということですね。
山下 実際には、日本の社員に対しては、この制度の適用は最後になると思います。年齢給制度がネックになるのです。海外では年齢給という考え方はなく、グローバル人事制度にも入りません。しかし年齢給制度を日本でいきなりなくすことは難しいと感じています。このあたりはもう少し時間が必要ですね。
グローバル人材に求められる心・技・体
キャメル グローバルに事業を展開していく上で、御社に求められる人材像についてはいかがでしょうか。
山下 グローバル人材の育成はずっと考えているところですが、わかりやすくするために、心・技・体に分けて考えています。
「心」はやはり、柔らかくあるべきです。海外に出るということは、その瞬間からストレス環境に置かれることです。気持ちが前向きで、興味がさまざまなことにわたっている心が求められます。自分の考え方ややり方と異なったこと、変わったことをそのまま受け入れ、「どうしてなのかな」と考える気持ちの余裕がある人ですね。
次に「技」ですが、一言でいえばコミュニケーション能力が求められます。といっても、英語力を高めれば済むということではありません。大事なのは、各種フレームワーク、分析力、論理的思考力などビジネスの共通言語を駆使した、「伝える力」です。
そして最後が「体」力。たとえばブラジルに出張するとなると、10時間かけて米国に行って、そこで1つ仕事をこなしてから、夜の飛行機でブラジルに発つといったことになります。成功するまであきらめず、走り続ける体力はかなり大切でしょう。
この3つは、グローバル人材に最低限必要なことだと思います。
キャメル では、「グローバルリーダー」に求められるものは何でしょうか。
山下 「人間力」「リーダーシップ」、そして「センス」でしょうか。人間力については最終的には修羅場をどれだけ経験しているかです。自分の利益が他人の不利益になるような状況で、本当にとことん苦労して失敗して、少しだけ成功して、といった繰り返しのなかで、リーダーとしての資質はつくられていくものです。そうした修羅場をくぐるために、海外に出て行ってさまざまな体験をするのもいいでしょう。海外に限らず営業の最前線にも修羅場があります。20代の若い社員でも5年もしたら修羅場のかけらの経験はするようになる。ですから、若い人たちに言っているのは「修羅場から逃げるな」ということです。失敗してもいい。転んでも必ず立ち上がればいいんだと伝えています。
リーダーシップは、そんなに難しく考えなくてもいいんです。メンバーに対して目標をきちんと説明し、経営資源が足りなければ補充し、プライオリティを決め、やり方を示し、一緒にやってほしいとコミュニケーションがとれればいい。意識してやれば誰でもリーダーになれます。
そして、若い社員にはよく「子会社の社長にチャレンジしてほしい」と言っています。私自身、初めて社長になったのは39歳のことで、タイの子会社でしたが、ビジネスパーソンとしての人生が変わりました。それまでは一営業マンだった私にとってはまったく新しいミッションだったので、相当苦労しました。会社が単年度黒字化するまでの間、地面を這いつくばるような、いちばん仕事をした3年間でした。しかし、その経験から磨かれた「センス」は何ものにも代え難いものです。ピジョンは少数精鋭なので、ちょっとがんばれば子会社の社長になるチャンスは決して少なくありません。部長から子会社の社長を経験して、また違うポジションになるといったパスを多くの若い社員に通ってもらいたいです。30 代後半くらいで十分務まると思います。
キャメル 最後に、今後グローバル展開を進めていく上で大事にしていこうと思っていることがあれば、お聞かせください。
山下 ピジョンのドメインから外れた領域まで事業を拡大することは、私が社長をやっている間はないでしょう。たとえば米国では量販店をほとんどカバーしているので、同じレップが使えるのであれば、ベビー用品といったドメインから外れた商品の販売もできます。しかし、われわれのドメインは赤ちゃん、あるいはお母さんなので、そこを崩すことはたとえ利益が上がったとしてもやりません。このことも米国子会社の人間とよく意見がぶつかるところで、不器用に思われることもありますが、これがわれわれのやり方だと思います。
ピジョンの哺乳びん、乳首の日本国内でのバリューシェアは85%です。海外でこんなに高いシェアを占めている国はまだありません。欧米ではやっと今年から哺乳びん、乳首の販売が始まったところです。つまり、われわれのいちばん強い製品でさえも、海外では伸びる余地があるわけです。われわれのドメインの成長空間はまだまだ広いのです。
(photo: Hideji Umetani)
ピジョン株式会社
1957年設立。本社東京都中央区。社員:3592人(2014年7月末現在)。育児用品の国内トップブランド。哺乳びんの国内シェアは8割。ベビーのノウハウを生かし、介護製品も手掛ける。中国、北米でも攻勢をかける。
まだら模様で考えるグローバル人材論