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3つの判断基準で
THE KAITEKI COMPANYをめざす 小林 喜光(株式会社三菱ケミカルホールディングス代表取締役社長)

資源が乏しく、製造コストが高い日本は、単純なモノづくりではグローバル競争を勝ち抜くことはできない。世界最大級の総合化学会社、三菱ケミカルホールディングスを率いる小林喜光社長に、日本の製造業の現状と、同社のめざす方向をうかがった。

インタビュアー:
宋修永(デロイト トーマツ コンサルティング 取締役副社長 パートナー)

ようやく日本で認識され始めた
グローバリゼーションの意味

宋 修永(以下、宋) 小林社長は日本経済界における「改革の旗手」として有名ですが、今日はグローバル経営戦略についてお話をおうかがいしたいと思います。

私は1980年代半ばに、韓国の電機メーカーでビジネスパーソンとしてのキャリアをスタートしました。その頃すでに生存戦略としてグローバリゼーションへの対応が活発に議論されていました。ところが、それから約30年経った現在、デロイト トーマツ コンサルティングのコンサルタントとして日本のさまざまなクライアント企業を回っていると、どのクライアントもグローバル化に対して新たに高い関心を持っています。 その関心にはこれまでとは違った「危機感と切実さ」まで感じていますが、小林社長は最近の日本企業のグローバル化、グローバリゼーションへの注目をどう見られていますか。

小林喜光
1971年東京大学大学院理学系研究科修了。イスラエル・ヘブライ大学、イタリア・ピサ大学への留学を経て、74年三菱化成工業株式会社(現・三菱化学株式会社)入社。75年東京大学理学博士号取得。96年三菱化学メディア株式会社取締役社長。2005年三菱化学株式会社常務執行役員。06年株式会社三菱ケミカルホールディングス取締役。07年株式会社三菱ケミカルホールディングス代表取締役社長就任。09年株式会社地球快適化インスティテュート取締役社長就任。

小林 喜光(以下、小林) おっしゃるように、グローバル化への対応がいわれて久しいですが、日本にとってはまだ新鮮な言葉なのです。少し前に日米欧の経営者へのインタビュー記事を見ましたが、「経営のプライオリティ」を問う質問に対して、日本の経営者がトップに挙げていたのはグローバリゼーションです。ところが、欧米の経営者はテクノロジーがトップで、グローバリゼーションは7番目ぐらい。欧米の経営者にとってグローバリゼーションなど、もう当たり前のことになっている。片や日本では、ようやく最近グローバルなスタンスで経営しないとまずいなと気づき始めたということです。

ただ、それでも経済界は、まだグローバル化を意識していたといえるでしょう。六重苦(為替、法人税、自由貿易協定、労働規制、環境規制、電力不足等の諸外国と比べた日本の事業環境の不利)という言葉があるように、グローバル競争下でこれまで、ある種のハンディキャップレースを強いられてきたのですから。連結決算だから、いやなら日本に限らずどの国で稼いでも一緒だという認識もあるわけです。

一方で政治の世界では、言ってみれば単体決算である国内の票取り合戦に目が行きがちなので、グローバル化の認識が遅れていました。ただ、ここに来てようやく、アベノミクスで法人税率を下げて海外からの直接投資を増やそうという話が出てくるなど、 GDP(国内総生産)だけでなく GNI(国民総所得)も重視し、海外でいかに稼ぐかも考えられるようになってきました。経済でも政治でも、グローバルコンペティションを認識して物事を考える、本格的な時代がやって来たというところでしょうか。

宋 グローバリゼーションの真の意味が日本の経営者の間にも理解され始めて、人もモノもすべてのプロセスも変えていかなければならないという意識が浸透してきているということでしょうね。

小林 最近よくいわれるダイバーシティにしても、環境対応にしても、価値基準がグローバルスタンダードになっているかが問われるでしょう。たとえば当社では人・社会・地球にとってのサステナビリティ向上をめざす MOS(Management of Sustainability)という独自の指標を使用していますが、これを日本発の企業価値の指標としてグローバルスタンダードにすべく努力を続けています。

ただ、グローバリゼーションの一方でローカリゼーションも必要です。文化の部分はそう簡単に統一していくことはできませんから、この2つをどううまくコントロールしていくかでしょうね。

グローバル対応のマネジメントを
いかに築き上げていくか

宋修永(そん・すよん)
韓国の大手電機メーカーで大規模のGlobal BPRプロジェクトに携わり、コンサルタントに転身後はグローバルERPベンダー、コンサルティングファームなどでグローバルSCMコンサルティング部門のリーダーとして活躍。グローバルSCM分野での戦略策定、業務プロセス・組織改革、IT計画策定・実行支援などを、自動車、電機、ハイテクなどの製造業を中心として数多く手掛けている。

宋 韓国の電機メーカーにいた頃、日本に追いつき追い越すために、初めは日本の強みを研究し、それを必死で学びました。しかし、まねをするだけでは勝つことはできません。そこで今度は日本企業の弱みを徹底的に研究しました。そのときわかったのが、日本はモノづくりの生産力や技術力、デザイン力、それから品質力には世界一の傑出した力を持っていますが、グローバルなマネジメント力はモノづくりの力ほど強くはないということです。特にリーダーシップに弱点があると思いました。

小林 一昔前の均質化された社会であれば、そこそこ鍛えられたプロダクトがあれば、ミドルマネジメントでも大丈夫でした。しかし、今はトップマネジメントのリーダーシップが要求される時代ですから、そこで日本の弱さが出てしまっているのだと思います。

宋 ここ10~20年で日本企業もシステムなどにかなり投資し、マネジメントレベルを上げてきました。でも、リーダーシップがそれに伴っていないからグローバル化も推し進めることができないのではないでしょうか。

小林 プロダクションやプロセステクノロジーのグローバル化はそこそこできているんですが、一方で、欧米やアジアでリージョナルのマネジメントを確立し、最適化を図るようなリーダーシップがまだまだありません。ここがグローバル化でいちばん苦戦しているところです。

宋 現地子会社のマネジメントも、日本の場合、いちいち本社におうかがいを立てないと意思決定できないことが多い。現地のマーケットをベースにしたスピーディな意思決定ができないという印象です。

小林 それは耳が痛いところです。当社の場合、1980~1990年代までは現地の人を社長に立て、日本から通訳の役割も兼ねて副社長を送り込むということも多かったのですが、経営ミッションも利益目標も伝えておらず、社長を監督することもできていませんでした。だから売り上げベースで給料を決めるような仕組みだと、赤字になっても安く売って売り上げだけ増やそうとする。そこで今度は社長を日本から送り込んだり、現地の人間をトップに据えるにしてもきちんとミッションを与え、場合によっては本社のトップよりはるかに高い報酬を与えて、コミットさせる形式に変えました。それが2000年代になってからです。グローバルなマネジメントスタイルになってから、まだ十数年しか経っていないので、本社と海外との役割分担が明確になっていない面は確かにある。

宋 経営をグローバル化していく目的はさまざまですが、メリットの1つには、外国企業を買収・統合することによる規模の拡大とシナジーの創出があります。ですが、そこにトライして失敗するケースも多い。御社の場合はいかがですか。

小林 当社のグループ企業の1つである三菱レイヨンが、2009年に英ルーサイト社(世界的な化学メーカー英ICI社と米デュポン社のMMA事業を受け継いだ専業メーカー)を買収しました。ただちに両社の生産拠点を統合し1 つの体系にしたいところでしたが、いきなり統合するというのは日本の場合、遠慮があるというか、なかなか割り切れなかった。今年4 月からグローバルオペレーション体制でスタートしましたが、結果としては数年かかりました。

一方、ポリエステルの原料の1つであるテレフタル酸は日本の工場を閉じて、中国、韓国、インド、インドネシアで現地の人間とともに鍛えてきました。需給の緩和で収益性は良くありませんが、構造的には非常にすっきりとしています。

ホールディングス制をとって、下に5つの事業会社を持つ当社では、それぞれの業態と歴史を見ながら1つずつ見直していかなければなりません。いずれにしても、「和を以て尊しとなす」文化を持つ日本では、資本の論理で工場を半分閉じて従業員も半減させるような極端なスリム化はやりにくい。これをどう導いていくかが、これからのグローバリゼーションを考える上で最大のポイントだと思っています。

宋 そうですね。同時に仕組み自体のグローバル化も必要になってくるでしょう。

小林 ええ、グローバルな目で見たタックスの最適化という観点もあります。グローバリゼーションというのは最適化のプロセスですから、税金についても最適な国を選ぶことになる。たとえば、本社を法人税の安いシンガポールやオランダに移す日本企業も出てくるでしょう。あるいは、米国のある会社のように、本社は実効税率40%の本国に残しながら、世界に展開するグループ企業全体としてみると実効税率は15%になるというような設計をするのも、グローバリゼーションの1つの方向性としてはありうると思います。

付加価値の高いモノづくりへ
企業コラボレーションがカギ

宋 先ほど、日本企業の強みはモノづくりだと述べましたが、実はそのモノづくりの現場が弱体化しているといわれています。技術的にも、クオリティの面でも、かつての信頼性を失いつつあるようです。

小林 それについては私も憂慮しています。当社でもプラントがトラブルでストップすることが多くなっています。

日本は1960~1970年代、モノづくりにこだわり、場合によっては工場長のほうが本社のトップより発言力を持つこともありました。中央研究所をつくり、研究開発に投資を惜しまなかったのもこの時代です。しかし、それでなかなか結果が出せなくなると、マーケティングとセールスと販売チャネルだという時代が来て、モノづくりの現場が若干ないがしろになった。その結果、プロセスの安定操業さえできなくなり、クオリティも危ぶまれる状況が出てきてしまったのです。

宋 日本はモノづくりへ原点回帰すべきだという意見もあります。これからのグローバルな時代におけるモノづくりについて小林社長はどう見ていらっしゃいますか。

小林 差異化が必要だと思います。グローバル化が進展すると、皆同じことをやりだす。半導体、カーナビ、DVD、フラットパネルディスプレー……昔なら技術を開発した先行者が十数年はエンジョイできたものが、今は2~3年で海外に追いつかれてしまいます。開発に30年もかけて、儲かるようになるとあっという間に取られてしまう現状で勝ち残るには、どこかで差異化するか、アジリティを高めるしかありません。

そのカギとなるのが、コラボレーションです。化学会社は、素材や研究開発ノウハウ、販売チャネルは持っていますが、ICTなどの技術は自ら立ち上げるわけにはいきません。通信やIT、ソフトウェア事業者と、場合によってはコンサルタントを含めた形のコンソーシアム的なものをつくり、その上でサービスとモノや情報をつなげていくことで差異化を図っていくのが次の展開かなと。

宋 そのために御社が具体的に取り組んでいることを教えてください。

小林 資源がなく、製造コストが高い日本が、単純なモノづくりで中国などのアジア勢に勝てるわけがありません。日本国内ではエネルギー多消費型のコモディティ系のモノづくりはありえないと思っています。この5~10 年で、世界的にトップシェアやそれに次ぐもの、原料ベースでプロセス的に競争力のあるものだけ残し、当面はそれを食いぶちにする。それにプラスして、Sustainability(環境・新エネルギー)、Health(健康・医療)、Comfort(快適)という3つの判断基準を設け、これに合致する事業活動のみを行うと決めています。

Sustainabilityに該当するものとしては、付加価値の高い有機太陽電池、LED、Liイオン電池材料、炭素繊維など、Healthでは、医薬品、診断、ヘルスケアソリューションなど、Comfortには食品機能材、高機能フィルム、各種情報電子部材などが当てはまります。これらの3つの領域を、IT、ICTをベースにした情報とつなげ、新しい価値を生み出すことを考えています。

ちょうどドイツが国家的プロジェクトとして「インダストリー4.0(第4の産業革命)」を推し進めています。これは、購買から流通までをシステム化して、新しい最適化を図る取り組みですが、日本でも工業のデジタル化を進め、企業がグローバルなコラボレーションをしやすい環境を整え、大幅なコスト削減を実現していかなければなりません。わが社もまだその途上にあるといったところです。

「THE KAITEKI COMPANY」
人と社会と地球、すべてにとっての快適

宋 その3つの柱により実現しようとするのが、三菱ケミカルホールディングスが掲げる「KAITEKI」という経営理念なんですね。とてもインパクトのある言葉で、非常に印象的です。

小林 自動車会社は「4つの車輪に1 つのエンジンをつけた乗り物をつくる」というコンセプトが非常に明確です。ビール会社は「のどごしの良い、5%のアルコール水溶液を製造する」企業。いちいちやっていることを説明しなくても、誰でも事業内容がわかります。でも、化学会社は一応「ケミカルをベースにしたインダストリー」ということになりますが、はっきり言って何の会社かわかりません。扱っているものは、ミリグラム単位の薬から、トン単位のコークスまで何の脈絡もない。では、われわれは何のためにこの会社に集っているのか。どんな目的を持って事業を行っているのか。それを明確にする御旗を立てようと発表したのが「THEKAITEKI COMPANY」というスローガンです。私たち三菱ケミカルホールディングスがめざすのは、人と社会と地球、すべてにとっての快適=KAITEKIの実現、SustainabilityもHealthもComfortも、KAITEKI実現のための手段です。

宋 日本語の「快適」ではなく、アルファベットの「KAITEKI」であることに意味があるわけですね。

小林 そうです。グローバリゼーションのなかでは日本でしか通用しない「快適」では意味がない。だから、あえてアルファベットの「KAITEKI」としたのです。

宋 社員の反応はどうでしたか。

小林 Sustainability、Health、ComfortというKAITEKIの理念をいちばん理解してくれたのは、実は欧米の従業員たちでした。KAITEKIの理念を発表したのはもう6~7年前になりますが、発表した途端、欧米のグループ企業から大賛成だという大きな反響がありました。逆にいうと、日本の従業員の反応は鈍い。「また社長が何か変なこと言ってるぞ」とか「何が地球環境だ。うちの会社とどう関係があるんだ」とか、正直なところ初めはあまり評判は良くなかったですね。

宋 地球環境や社会のSustainabilityを事業にコミットして考える小林社長の改革の原点はどこにあるのですか。

小林 格好良くいうと、時代を見つめる目といえばいいでしょうか。いつも、時代はどの方向を向いているのだろうか、先々困らないために今どういう手を打っておくべきか、常に時間軸を念頭に置いて思考しています。日本は少子高齢化ですが、世界的に見るとまだまだ人口増加の勢いは衰えていません。気候変動も深刻で、それが原因といわれる天候不順が世界で多くの災害をもたらしている。たとえばこのようなグローバルアジェンダに、われわれはどう社会にコミットしていくべきか。そのなかで自らのインダストリーに何ができるのか、あるいはどう変わっていかなければならないのか、そう考えてきたのが原点でしょうね。

はじめに言葉ありき
「伝える」ことこそトップの仕事

宋 多くの企業で話を聞いていると、トップマネジメントのいちばんの悩みは、そうしたトップの思いや経営理念をどう社員に浸透させていくか。「伝える」ことに、とても神経を使っています。

小林 池上彰さんの『伝える力』がベストセラーになりましたが、伝えるというのは本当に難しい。なかなか伝わりませんよ。理念、コンセプト、安全、コンプライアンス、どれだけ口を酸っぱくして言ってもなかなか浸透していかない。それでも根気よく伝え続けていかなければいけないんです。それがトップマネジメントの最も重要な仕事だと思っています。あとは後継者を誰にするか。極端な話、リーダーはその2つをしっかりやっていればいい。それぐらい伝える努力は重要だと思っています。

宋 社員に伝えるために、どのような工夫をなさっているのですか。

小林 社内のイントラネットで繰り返しメッセージを伝えたり、社外のマスコミを利用して社内にフィードバックをかけたり、対外的な広報活動より力を入れてやっています。

また、環境問題などは短期的には会社の利益と相反する部分もあります。そうすると、儲けは二の次でいいのかと誤解する人間も出てくる。そのために当社では、社会的に点数の高い事業が財務的にも利益に結びつくということを定量的に統計をとって、数字として見せています。

宋 先ほども述べましたが、「THE KAITEKI COMPANY」のように、小林社長の言葉はとても印象的で、耳に残ります。また、インタビュー記事を拝見していても、ポイントを先に出してお話しになるから、とてもわかりやすい。言葉には普段から気を使っていらっしゃるのですか。

小林 私がいちばん大切にしているのは、ロゴス、言葉なんですよ。新約聖書に「はじめに言葉ありき」と述べられているように、言葉がすべてだと思っています。トップマネジメントの最大の仕事が「伝える」ことである以上、どんな言葉を用いて伝えていくかということには、かなり気を使っていますね。

宋 グローバリゼーションの時代になると、多言語の問題もありますから、言葉はますます重要になってくるでしょうね。

小林 おっしゃるとおりだと思います。翻訳、意訳というプロセスがありますから、言葉を間違えると大変なことになってしまう。その点、日本人の英語ベタにはいささか危機感もあるのですが、韓国の方のように内需が比較的小さいため海外進出を考えざるをえないという切迫感に欠けているのでしょうね。

宋 それはありますね。私も派遣されるときに、現地人以上に現地で活躍する人間になれと海外に送り出されましたから。しかも成功しても本社に戻れる保証はなく、片道切符です。かくいう私もグローバル地域専門家制度の第1号として日本に送られた人間です。

小林 日本人にそういうガッツが失われているのは心配なことです。それでもわれわれは、言葉を使って理念を伝え、グローバルコンペティションに勝つために鼓舞し続けていかなければなりません。

宋 そのためにもKAITEKIという言葉がもっとはやって、企業の社会責任や貢献が高い評価を受ける環境になっていくことを期待しています。

小林 トヨタが「カイゼン」を世界語にしたように、あるいはキッコーマンが「テリヤキ」を世界共通語にしたように、私もKAITEKIを世界共通語にしたいんですよ。それが私の最大の夢です。

(photo: Hideji Umetani)

【企業情報】
株式会社三菱ケミカルホールディングス
2005年設立。本社:東京都千代田区。社員:5万6031人(2014年3月現在)。三菱化学、田辺三菱製薬、三菱樹脂、三菱レイヨン、生命科学インスティテュート、大陽日酸の持ち株会社として、グループ全体の戦略策定、資源配分など、経営管理を行う。